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2010/02/28

篝火~かがりび

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心がほどけるような優しい灯りに迎えられた夜。

一月某日、京都先斗町にて。

2010/02/24

河津桜が咲いていた

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チューリップの芽を数えたら20株以上あった。このところグングン育っていて3月末には咲くと予想する。エリカも伸びすぎた房を切り、花瓶に別の花とともに生けてみた。

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今日は上野の長谷川等伯を見てから子規庵に寄り道。帰りは南千住の新しい駅ビルの中の定食屋さんでご飯を食べて帰宅してからはちょっと昼寝した。

博物館庭の河津桜が綺麗だった~!!!

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2010/02/12

沫雪(あわゆき)

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先週ちらりと顔を見せた春はどこかへ隠れてしまった。

冴返る2月の今朝。
落ちる先を知らぬ沫雪が窓の外を静かに舞っている。
沫雪は早春にちらつく雪。
地表にたどりついたとしてもすぐに溶けてしまう雪。
沫雪、淡雪・・・・風に乗って飛んでゆく。

(画像は1月末の関ヶ原付近の山々)

2010/02/04

御室仁和寺

仁和寺門跡は明治維新まで宮家から迎えていたそうで古くから皇室とのつながりの深いお寺だったという。国宝の金堂は江戸時代に京都御所の紫宸殿を移築したもので、どこか華を感じさせるお堂だ。

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御室の桜といえば京都でも有数の花見の名所。樹高があまり高くならない「御室有明」という特有な種類の桜が植えられ、建造物との調和が美しい。あ~、桜の頃に行きたいな~。

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宸殿内の池泉回遊式庭園は見事な眺め。築山の上にあるのは茶室飛涛亭。遠景に五重塔。この日は観光客も少なかったので、みなそれぞれ畳の上がり縁に腰かけたりして楽なスタイルでのんびりと庭を眺めていた。いい雰囲気だった。

宸殿内ではお抹茶を頂ける。ゆったりした気分に誘われて娘とお薄をいただいた。

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干菓子は麩焼煎餅「おむろ」、表は菊の御紋の焼目、裏はほんのり甘い砂糖がけ。亀屋重久製。子どもの頃お薄を点てても苦いといって受け付けなかった娘が、最近は好きになってきている。結構なお点前でした!

2010/02/03

西陣織元で社会科見学?

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昔ながらの織屋が立ち並ぶ西陣、今出川通りから浄福寺通りの小路に入りこんだ先の有馬町、大黒町あたりを歩いた。織成館(おりなすかん)を中心とした西陣織のアートスポットとして少しづつ知られてきている。帯屋の渡文さんが自身の工場や織屋建ちと呼ばれる独特の町屋を整備して、全国各地から収集した伝統織物のコレクションや時代衣装の展示をするミュージアムとして一般解放を行っている。

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これは唐織と言う能装束。能は演者が身につける能衣装がストーリーを解釈する上で重要なファクターである。上の衣装は華やかだが演目上は年齢は高めの女性役を演ずるときのもの。若い女性を表す時は必ず紅色を多く使った衣装でなくてはならない。例えば能によく出てくる鬼は金襴のウロコ紋が定型であるように。

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深いグリーンの単衣で織られた狩衣は貴人や武家を演ずるもの。花の丸に詰めたテッセンやキキョウの花はおそらくは飾り紋を大きく意匠したものだろう。そして裾にはタンポポ、何だか愛らしい。少年を想定した衣装かな?渡文さんではこの手間のかかる能衣装を原本に限りなく近く復元し制作を行って能の流派各家に提供を行うかわりに帯などの意匠に使わせてもらっているという。

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この日展示されていた花嫁の時代衣装に母娘ともどもため息の連続。これだけの染加工は現代にしたら相当な時間・手間暇・そしてお金のかかる仕事だという。

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別棟の須佐命舎にある銀花談話室では訪れた人がゆっくりお茶を飲んだり、館を通して仕出しを頼んで食事をすることもできる。京の茶菓で一服した後工場を見学し、伝統工芸士さんの卓越した技に感嘆。帯一本織るのに3~4週間かかると言う。機を織る前の下絵を紋図という設計図に起こしてから織る。経糸・横糸一本の狂いもなく完璧に織りあげられればよいが、織傷や糸のズレなど素人目にはわからない微細な不良も厳しい品質管理のもとではねられ、値段は10分の1とかに落ちてしまう世界。根気と注意力と審美眼を厳しく求められる。この道何十年、少年のころから織の道に入った伝統工芸士さんのお話を聞くと、仕事が人格を作るのだなとつくづく思った。娘もこのおじいさんのお話とその人の佇まいにいたく感激していてここに連れてきてよかった~。

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西陣界隈のお散歩は超おすすめ、もう少し時間があればじっくり歩きまわりたい町。

木屋町・祇園の夜を歩く

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角倉了以という茶人がいる。この人は江戸初期の土木工事の専門家でもあって、運河・用水路などを手掛けたら当時の第一人者だった。鴨川から水を引き南部伏見まで延々とつづく運河は高瀬川。舟運も盛んでかつては高瀬舟と呼ばれる運搬船が、伏見の蔵元から酒樽や南部の穀倉地帯から米俵などを積んで通った川である。幕末の志士たちの息吹も感じつつ、市内きっての繁華街、夜の木屋町・祇園を歩いてみた。木屋町通りは親しみやすいにぎやかな通り、飲食店はもちろん、面白そうなこんな古道具屋さんまで夜遅くまで開いていて楽しい。

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先斗町は細い小路にお茶屋が立ち並ぶ大人の町。祇園の芸妓・舞子はんにはなかなかお目にかかれないというが、さすがに夜の祇園・先斗町付近は華やかな空気に包まれる。鴨川おどりの先斗町歌舞練場から細い小路に入るとそこは別世界。

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                 祇園の冬の月もよろしぉすなぁ

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              きょうび、お茶屋はんは繁盛したはるやろか

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              おひとはん、ここは入ったらあきまへん。

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                どんつきになっていまんねん・・・・。

1001280159           さ~さ、おはいりやす、冬の京都は冷えまっしゃろ。

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                 引き留めへんでおくれやす・・・・。

※京ことば、変なところは突っ込んでOK(笑)

2010/02/02

優美に佇む新薬師寺


新薬師寺の薬師如来と十二神将像を見たかった。春日山から馬酔木の森を通り抜け、最古の古道「山の辺の道」と隠れ里のような柳生の庄へ向かう「柳生街道」の起点とも言える高畑町の住宅街にたどり着く。近くには志賀直哉旧居なども。

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創建は東大寺別院として開かれた七堂伽藍建ち並ぶ大寺院。光明皇后が夫の聖武天皇の病気の平癒を願い薬師如来を置いたが、堂宇は落雷により焼失、現存するのは今は本堂として使用している小さな建物。

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この建物の中に御薬師様。近年、その体内から法華経八巻が発見され、重大な国語資料としてただちに国宝に指定されたという。それを守るように十二神将が取り囲んでいる。十二支の干支にちなむこれらの像の表情豊かで躍動感あふれる様子は素晴らしいというほかない。家族それぞれの干支の像にお布施をし拝んできた。

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鎌倉時代の鐘楼は小さな池のふち、桜の木に囲まれて建っている。石塔や地蔵堂もこれから春の花々に包まれて・・・・。

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織田信長の弟で大名茶人の織田有楽斎ゆかりの庭園の中の庵では夏にそうめんなどを頂けるとか。

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こと寂びた風情、なおかつ優美に静まる新薬師寺。

「気をつけてお帰り下さい、頭をなでてやってください。」

帰る時はカエルが見送ってくれた、ふふふ。あったかいな~。

東大寺二月堂へ

2月2日、今朝起きたらうっすら雪が積もっていた。さ~、チャリをこぐか電車に乗るか・・・・。テレビを見ながら考えて、無茶はしない方がいいと大人しく電車で出勤した。同僚たちにどうやって来た?って聞いたら、K子ちゃんはいつも通り根岸からチャリで来たんだと・・・・ほぉ~、何と勇敢な・・・・!。私だっていなかにいたころは雪を物ともせず曲芸的にチャリをこいでいたんざますよ!でも今は・・・・。

一気にまとめられなくて、ダラ~と続く冬の奈良・京都の旅日記。いつ終わるん?!1001280124


広~い奈良公園の中の広~い東大寺、正倉院はその北端に位置している。門の奥に見えるのが校倉造りの正倉。西方から渡ってきた文物や宝物などシルクロードの落し物。これらは一般公開されず、通常は外構えだけの見学になる。このあたりから大仏殿の後ろを通り、二月堂を目指した。

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大仏殿を過ぎた道端にあった。辻々でこうしたいつの時代のものかもわからない道標?地蔵さまを見かけた。華やかな大寺の懐の素朴な風景。

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僧坊らしき建物や仏殿や神前にお供えするのか稲田も見える。緩やかな坂道を登って行った先に見えてきた二月堂。3月に修二会が行われる。二月堂を建てた僧実忠(インドかイランからの渡来人とも言われている)により天平勝宝4年(752年)に始められたとされ、以来、一度も途絶えることなしに続き今年が1258回。東大寺練行衆と呼ばれる修行僧たちの荒行で、2月の前行、3月の本行と続き、行の後半のお松明とお水取り、練行衆たちが激しく五体当地を繰り返す韃靼(だったん)や走行(はしりぎょう)が公開される。この行が庶民に公開されたのがいつからなのか知らないが、修行僧の荒行を遠巻きに息を詰めて見守り、お松明の火の粉を浴びることにより、古い年の穢れを落とし生まれ変われるという。江戸時代寛文年間にお松明の荒行の際に二月堂が全焼してしまったことがあったという。何しろ木造建築の中で松明を掲げて走り回ったり、激しく床に打ち付けたりするもの。平家の南都焼打ちが起きた時でもひるむことなく繰り返されてきた秘儀である。お堂が焼けたくらいで中止するわけにはいかないということか、再建されるまで場所を麓の三月堂に移して行われたという。東大寺の深さの一端に初めて触れたような気がする。

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二月堂の足元にある閼伽井屋(あかいや)は若狭井と呼ばれる。漁業の神様、遠敷(おにゅう)明神が最初の修二会の呼び出しの時、釣りに夢中になって遅刻してしまった。お詫びに地元の若狭から香水という清水を毎年修二会に合わせて送る約束を交わした時に二月堂の下からコンコンと水がわき出たという。同時期にこれに呼応するように「お水送り」の行われるのが若狭・小浜にある神宮寺。神事と仏行が入り混ざって何という深さなのだろう。

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二月堂から遠く奈良盆地を望む。興福寺五重の塔が霞んでいる。天平の甍ってところかな。

 

2010/02/01

まほろば

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                  あせびの森の馬酔木に
                   たずね尋ねた帰り道

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♪春日山から飛火野あたり・・・・という歌があったが、歩いていてなるほど、なるほど・・・・。
春日山の早春の花と言えば「馬酔木」。さすがに1月後半ではまだ蕾も小さく固い。この花を食べると馬が酔ったようになるのでその名前。近所の神社の庭にこれからの季節きれいに咲く花なのだ。昨年撮影したのを載せておこう。

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夕つ方、私たちも帰り道を急いでいた。その時森に響きわたる鹿たちの鳴き声・・・・。鼻と喉の奥をふるわせて細く高く昇ってゆくような・・・・。へ~、こんな鳴き声なんだ~。鹿はなぜか夕方になると鳴きはじめるらしい。

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           ねぐらを探して鳴く鹿の後を追う黒い鳥鐘の音一つ
             迷いの枝に引き結ぶ行方知れずの懸想文

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きょうは、さだまさしの「まほろば」という歌を思い浮かべつつ旅のおもいでを綴ってみた。

神様は大酒飲み

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                 いにしえより宴の好きな天津神々
                           ◇
                      春日大社参道にて

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