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2010/04/29

水芭蕉の群生を見に行く

西根八幡平方向に延びる国道199号線から夜更森の脇で分かれる開拓農道が花輪線の線路をまたいで伸びているあたり、以前林業試験場だった頃の名残りが所々にまだ残っているこの道は実家に帰省した時の格好の散歩道ともなっている。人けの少ない道だけど、時折中学生が長距離走のトレーニングで追い越していったりする。ウグイスなどの声も響きわたる道。

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釜崎の花輪線踏切を越えてしばらく歩くと現在整備中の自然公園がある。元々、東北林業試験場の森だっただけあって、ゆるやかに起伏を繰り返す丘は豊かな樹林におおわている。地下水も豊富で春先の雪解け水がしみだす沢は冷たくて澄んだ水が流れ、この水辺には山野草の生態が豊富に観察できる。

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沢伝いに今見られるのが水芭蕉、なかなか見応えのある群落だが知られていない場所。知られてほしくない気持ちもあったりして・・・・。名前のわからない水生植物や一輪草なども・・・・。

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朝もや

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八幡平 早春景

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天候が目まぐるしく変化する早春の八幡平にいた。雨雲が速度を増して流れたあとスコール。霧が立ちこめたかと思うと、雲の切れ間にカッと明るい光が降り注ぐ。動物も植物も生物はすべて自然に翻弄される。癒されたいなどという人間の卑小な思いを見事に打ち砕いて近寄りがたいほどの荘厳さに包まれる。私の出かけたころはまだ春浅く冬枯れからようやく目覚めようとしているところだったが、今ごろは春爛漫の桜模様に包まれているだろう。

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2010/04/28

天気雨の山麓から

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春の雨は優しいはずなのに・・・・

携帯から

2010/04/25

学都足利を歩く

太平記のふるさと足利は古くから養蚕業の盛んな土地柄を背景に、お隣の群馬県桐生市とともに絹織物の産地として発達してきたという。私が幼いころ、実家に逗留して近在の家々で呉服の商いをしていたおじさんは足利からはるばるやってきていた。冬、小正月を過ぎてからのひと月ほど、座敷の中は絹のとりどりの反物でいっぱいになる。冴え冴えとした冬の空気の中で反物を手繰り巻き直すシュッシュッという衣ずれの音に混じって時折混ざるオジサンの乾いた咳払い・・・・今でも忘れられない幼時の記憶である。そんな懐かしい記憶もありいつかゆっくり歩いてみたい街だった。

Cちゃんは東武足利市駅前の案内板を見て、市立美術館が近いのを見つけ「ここにまず行こうよ」と言う。小雨も降っているし雨宿りにいいかと思いしばらく観覧し過ごした後、そこから徒歩5分の史跡足利学校へ。日本最古の大学とされ、マルコ・ポーロがここを訪れ、広大な校地の中で熱心に学ぶ学生の姿を目の当たりにし、坂東の最高学府と称賛したんだそうだ。

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校地の入り口の入徳門、キャンパスへくぐる校門とその奥に見えるのは、学びのシンボル、孔子廟。孔子廟の門へ向かって右側には「字降松」(じふりまつ)という古木があり、学生たちが調べてもわからない言葉などを書いてこの木に結び文しておくと翌朝には答えが書かれて戻されているというエピソードが残っている。師弟の温かい交流を感じさせられた。

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学生たちが学んだ校舎である本堂は豪壮な茅葺屋根!講堂、教室、表玄関・通用玄関、そして学食(笑)もあったのだろう、煮炊きをするための大きなかまどが何個も並ぶ勝手口など当時の様子が偲ばれる。この建物は当時の遺構や文献をもとに平成になってから復元された建物であるが、太い柱と梁で組んだ日本の木造建築の粋を見せてくれる。

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衆房と呼ばれるこの建物はいわゆる学生寮。傍らに足利学校中興の祖とされる上杉憲実公の石碑がつつましく佇む。

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そしておびただしい研究の事蹟が残る文庫、ここの文献は晴天の続いた秋の日に虫干しにされ足利の風物詩として伝統行事になっているとのこと。

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本堂北側にも庭園がありぐるりと巡ってどこから見ても美しい古のキャンパスにこんなところで勉強したらそりゃどんな俊英に育つんだろうと、もう子育ての終わったオバサン2人の小さなため息が(笑)粉糠雨のそぼ降る中聞こえていたはずである。

2010/04/24

春の山はパステル

濃い緑、淡い緑・・・・何色もの緑。 雨に洗われた山で目覚めたばかりのパステルな緑たちに出会った。 所々に散り残る淡いピンクの山桜・・・・。 栃木県足利市フラワーパークにて。

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お目当ての藤はまだ開きかけ。 これらが開花したらどんなにか素晴らしい風景になるんだろう。 見頃は5月半ばまで伸びそうなのでここを見ている方にオススメ。

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誰かと出かける時私は雨女になってしまうことが多い。 今回は友だちのCちゃんと雨の中の散歩となった。 いつも思うけど雨だから残念、ではなく雨でなくては 目にすることのできないものがあるということ。 どこか懐かしい古都の街をゆっくりのんびり歩いた旅だった。

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2010/04/21

桜、終章。

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里桜(主に八重桜など)が満開。再び飛鳥山へ走る。ソメイヨシノが散ってしばらく経つが花期の長い里桜に主役が入れ替わっている。ほとんど桜ボケの私。ソメイヨシノのころとは木の下の空気が違う・・・・あれだけの冷え込みがあった後でも今日の空気はまさしく初夏のそれだった。地面に映る緑陰が濃い。あ~、気持ちいい!

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一葉桜は私の通勤路の途中、一葉記念館付近の千束の通りを中心に植樹されて爽やかな大輪で華やぎが感じられる桜。一葉桜、正式名は一葉、と言う名付けの由来は 花芯に緑色に葉化しためしべが一本出ていることからだそう。東京都内の公園などではよく見かける品種。樋口一葉のペンネームに関係あるのかどうかはわからない。

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ほとんど散って名残りだけになっていたのが関山。里桜の中でももっとも色濃く花弁のボリュームもたっぷり。

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一度聞いたら忘れられない名を持つのが普賢象。紅色の強さで言えば一葉と関山の中間くらい、控えめな薄紅色に好感を持てる。

わかりづらいかもしれないが画像右が普賢象、左に一葉、奥に関山、三桜揃い踏み。

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鬱金(ウコン)、別名、黄桜とか美人桜(ホッホッホ・・・)とか呼ばれていて、花びらの色が黄緑色に近い薄い黄色、しかし花弁の裏がほんのり紅が差していて何ともいえない味わいを出している。花の形も先端が少し尖っている。八重桜はどこかポヨンとしてボケた感じがするんだけど鬱金は美人桜の名に負けていない(笑)。

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最後は御衣黄、ふるやのもりさんのおばあさんがその昔、「山の中で緑色の桜が咲いているんじゃ」と言ったのに誰も信じてくれなかったという幻の緑色の桜。実は私も初めて目にする桜で、開花をずっと待っていて天気花見日和の今日自転車をとばして駆けつけたのだ。咲き始めは緑が強く段々それが薄くなり花芯が赤くなって最後は椿のように花ごと落下するという。

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 あう・・・・うるうる(何だか心で泣いている私)。ふるさとが桜に埋まる季節に生まれた私なのに、飛鳥山の近くに住んでいたころもあったのに、花に目を向ける心の余裕がないままに半世紀も馬齢を重ねてしまった自分への後悔とようやく出会えた(知った)御衣黄という幻の桜に訳のわからない感動で・・・・うるうる、あうあう・・・・。

今年もたくさんの桜と出会えた。来年も変わらずにきっと咲いてくれる。私もまた一年、次の花を咲かせられるよう頑張ろう。

2010/04/03

神田川の桜並木

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水の都であったはずのこの町は、高度経済成長期、都市発展の名目のもと小川はことごとく蓋をされ暗渠になり、道路が作られたりした。
奇跡的に蓋をされず、開放河川として都心を流れる神田川は生活排水が流れ込み、ゴミまで捨てられる川で目をそむけたくなるような有様だったという。
私が上京した30年前も都会の川の汚れに落胆し、神田川もただのドブ川というイメージが染みついてしまった。

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清流に棲むというアユやボラが面影橋付近で確認されるようになるまで神田川の水質が改善されてきている。この日も面影橋付近で大きな緋鯉がゆうゆうと泳いでいた。
川べりに植えられたソメイヨシノもよほどここの土に合ったのか、堂々とした枝ぶりの大木に成長し、桜並木に濃く縁取られている。
都電が学習院下の坂を下り、大きくカーブをして早稲田の町に入ろうとする面影橋付近では、川面を覆うような桜並木に予期せず乗客たちの感嘆の声があがる。
水辺や木々には野鳥が遊ぶ神田川・・・・出かけてみるといい、絶対イメージが反転するはず、良い方に。

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都心の自然環境がこれほど整ってくると、本来この町が抱えてきた古い歴史や生活風俗が、なおいっそうくっきりと引き立ち、奥深い表情を与えてくれる。
東京はいつの間にこんな綺麗な街になっていたのだろう・・・・
神楽坂・谷中・巣鴨など古くて愛おしくなるような生活風情の香り立つ町並みをいまだ残しながら、隅田川・神田川など都市河川の環境改善がしっかり効果をあげている。
私は住民意識かなと思ったけど、northendさんは公共事業(インフラ)のおかげなんだという。こういう公共事業ってすぐには効果が見えないけれど、長い目で事業を推進してゆく根気が必要なんだと思った。

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