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2010/04/25

学都足利を歩く

太平記のふるさと足利は古くから養蚕業の盛んな土地柄を背景に、お隣の群馬県桐生市とともに絹織物の産地として発達してきたという。私が幼いころ、実家に逗留して近在の家々で呉服の商いをしていたおじさんは足利からはるばるやってきていた。冬、小正月を過ぎてからのひと月ほど、座敷の中は絹のとりどりの反物でいっぱいになる。冴え冴えとした冬の空気の中で反物を手繰り巻き直すシュッシュッという衣ずれの音に混じって時折混ざるオジサンの乾いた咳払い・・・・今でも忘れられない幼時の記憶である。そんな懐かしい記憶もありいつかゆっくり歩いてみたい街だった。

Cちゃんは東武足利市駅前の案内板を見て、市立美術館が近いのを見つけ「ここにまず行こうよ」と言う。小雨も降っているし雨宿りにいいかと思いしばらく観覧し過ごした後、そこから徒歩5分の史跡足利学校へ。日本最古の大学とされ、マルコ・ポーロがここを訪れ、広大な校地の中で熱心に学ぶ学生の姿を目の当たりにし、坂東の最高学府と称賛したんだそうだ。

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校地の入り口の入徳門、キャンパスへくぐる校門とその奥に見えるのは、学びのシンボル、孔子廟。孔子廟の門へ向かって右側には「字降松」(じふりまつ)という古木があり、学生たちが調べてもわからない言葉などを書いてこの木に結び文しておくと翌朝には答えが書かれて戻されているというエピソードが残っている。師弟の温かい交流を感じさせられた。

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学生たちが学んだ校舎である本堂は豪壮な茅葺屋根!講堂、教室、表玄関・通用玄関、そして学食(笑)もあったのだろう、煮炊きをするための大きなかまどが何個も並ぶ勝手口など当時の様子が偲ばれる。この建物は当時の遺構や文献をもとに平成になってから復元された建物であるが、太い柱と梁で組んだ日本の木造建築の粋を見せてくれる。

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衆房と呼ばれるこの建物はいわゆる学生寮。傍らに足利学校中興の祖とされる上杉憲実公の石碑がつつましく佇む。

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そしておびただしい研究の事蹟が残る文庫、ここの文献は晴天の続いた秋の日に虫干しにされ足利の風物詩として伝統行事になっているとのこと。

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本堂北側にも庭園がありぐるりと巡ってどこから見ても美しい古のキャンパスにこんなところで勉強したらそりゃどんな俊英に育つんだろうと、もう子育ての終わったオバサン2人の小さなため息が(笑)粉糠雨のそぼ降る中聞こえていたはずである。

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コメント

◇ふるやのもりさん◇
足利学校やそのすぐそばの鑁阿寺(ばんなじ・足利市居宅跡)など
周辺は鎌倉にも似た雰囲気(同時代だから当然か)でした。

友人は結構肝っ玉が強くて手焼きせんべい屋さんのおにいさんと
フレンドリ~におしゃべりしたりで私も楽しませてもらいました。
今度はどこに行こうかと次のプランを催促されてますぅ~。
bikki交通社、本業そっちのけで頭がいっぱいで~すbleah

bikki交通社の行き先は足利でしたか~。
ステキな所ですね足利。
足利学校って、社会の時間に習った様な覚えがあります。
ここなのですね。
しだれ桜もまだ咲き残っていたのですね。
良い旅ができて良かったですね。
雨もまた風情があってステキ。
でも寒かったのですね手がかじかむほど。
けど心はほっこりだったみたいですね!

◇nageireさん◇
そ~でしたか、足利、ご縁があるんですね。
私もここに書いたような事情もあって足利にはちょっとした思い入れがあります。
山や川、自然はそのままのようですよ。
それから知らない人にも優しい土地柄で・・・・
二人で行き先の相談をしていれば、
通りがかりの地元のおばちゃんが声をかけてくれるし(笑)
手焼きせんべいのお店ではかじかんだ手を炭火にあたらせてもらったり
何だかとても楽しい旅でした!

実は・・・すごく親しみがあるのです。
子供の頃からず~~~~っとです。
昔とは、山も建物も風景もかわりましたけれど・・・

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