« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011/01/31

早春の向島まで

寒さは寒さを以て制す もうこれで行くしかない(笑)。あともう少し・・・・。

1101300034

1101300037

猫背で下をむいてトボトボ歩いていたら腰とか肩とかガタガタになるし。 コートの下にますますお肉をつけてしまうし。 春になって青くならないように、さ~、歩くのよ!!

向島百花園まで時間は片道35分、往復したり園内散策の歩数はトータルで10300歩ほど。ちょうどいい距離。途中に写真を撮りながらだから若干時間はかかるけれど歩く時は早足を心がけている。冬牡丹が綺麗だった。

1101300028

1101300029

1101300045

日曜日の午前中、珍しいお客様が我が家のベランダにお見えに。 メジロちゃん!!もしかしたらもっと前から遊びにきていたかもしれない。 バードバスとかエサ台を置こうかなと考えていた矢先だったので 見た時はアイドル並みに「キャ~~~」だった(笑)。 このところカラスを見ない。以前は朝大きな声に起こされたものだったけど・・・・ 増減の周期があるのかな? 写真は百花園のサザンカの蜜を吸うメジロ。

1101300042

おまけのスカイツリー。白髭橋から。

1101300025

2011/01/28

藤袴 発芽

1101120034
出た、出た!
元気な藤袴、今年もよろしく!

2011/01/26

スプリングエフェメラル

「野スミレのブーケを胸に飾るベルト・モリゾ」という長い名前がついた絵を思い出す。
ずっと前に出かけた上野の森のオルセー美術館展の華として多くの人を引き付けていた。
マネの描いた女性の肖像画の黒服の胸元に淡い紫の花。

微かに柔らかな甘い匂いの漂う早春の花。
儚さの象徴としてのスミレはスプリングエフェメラルの名にふさわしい。

1101210002

こぼれ種で発芽したワイルドストロベリーを別の鉢に移植。根付いてほしい。

カモミール、フェンネル、チャービル、タイムは成育良好。とても可愛い花をつけるので楽しみ。

1101200037

1101200016

1101200035

1101130010

2011/01/25

ご近所徘徊の続きの続き

江戸四宿と言えば・・・・
東海道の品川宿、青梅甲州街道の内藤新宿、中山道の板橋宿、奥州街道の千住宿。
品川や新宿の古道の雰囲気は今はどうなのか?

私は以前中山道沿いに住んでいたことがあり、巣鴨の街など
いかにも往来にぎやかな街道の雰囲気を肌で感じていた。
今住んでいる場所も、まさに宿場のど真ん中、世が世なら、やっちゃ場で
千住ネギの商いでもやってたかもしれない(笑)。

ご近所以外にも足を向けて東海道のあたりなんか今年は攻めていきたいと思う。

1101210021
質屋さんは堅牢な石造りの蔵にいったいどんなお宝を持ってらっしゃる?三ノ輪のお寺の門前町の一角。

1101210029
下町にはこんな簡易旅館も目にすることが多い。素泊まりで1500~2000円とか、びっくりするお値段。旅館としては営業基準に厳しいご時世。泊り心地はいかがなものか?外国からの観光客がこの安さと地の利の良さに目をつけて、山谷からこのあたりにかけてお泊りするケースが増えているという。写真はコツ通りのとある旅館。コツ通りのコツとは・・・・まさに野ざらしの小塚原刑場の世も末の風景から来ているらしい。

1101210051
千住市場内の食堂棟。魚市場を控えているだけあって、なかなか美味しい店が多い。朝の早い市場、ひと仕事終えたオジサンたちが昼間からお酒飲んでいても全然オーケー!そして午後にはもう店が閉まっている。

1101210070
地口行灯。この街道特有の行灯の形。「千住で二番、大はし」といえばここ。以前ここから少し離れた新道沿いの古い木造の店舗で営業していた。あの建物が無くなってしまったのは惜しいけど、居酒屋の味は変わらず守り続けている。友人たちを地元に呼び寄せると居酒屋の充実ぶりにとても喜ぶ。千住会として頻繁に飲んでいた時もあったっけ。

1101210073
石黒飴本舗。昔ながらのショーケースに量り売りの色とりどりの飴ちゃん!!
手作りで柔らかで素朴な甘味にホッとする。千住のお土産には、ここと槍かけだんごがお奨め。

1101210080
1101210094
漱石の家か鴎外の家か・・・・っていうくらい、いかにも、な日本家屋がまだのこっている。こういう家を見て「あ、文豪の家」と言うふるやのもりさん、実際、鴎外は千住一丁目の自宅から東大や陸軍病院へ人力車で通っていたという・・・・鴎外は下町のセレブな文豪だった(笑)。

1101210093
街道筋に面した窓には防犯や目かくしを兼ねた連子格子。いい佇まいを醸し出している。

1101210095

1101210088
一見するとここは豪農か豪商のお屋敷か?と思えるけれど、江戸時代からここで接骨医として旅で痛む体などを治療してきた名倉家。もしかして、まだ白衣に着物姿、ちょんまげの赤ひげみたいな先生が治療なさってるのかしら、いったいどんなお方がここで治療なさっているのか、興味シンシンといったふるやのもりさん。

わかりました、そのミッション、私がカラダを張って引き受けましょう。え・・・と、50腰でしたっけ、50肩でしたっけ。今、ちょっと腰がアヤシイ痛みを抱えてまして、そのうちコチラにお世話になるかもしれません。

1101210096
名倉医院で手厚い治療を受けたら、近くのこんなお風呂屋さんで温まるコースで。

1101210090

アホなことを言いつつ、足は自然に荒川河川敷まで来てしまった。マロと遊んだ土手、懐かしくなってきて鼻がくちゅんとなってしまった。

地元のことをこんなに詳しく書いたのは初めて。で、やっぱり私は下町が大好きなんだと改めて気付いた道行きだった。これからも一人で、はたまた外野を巻き込んで散歩の日々は果てしなく続く・・・・だろうな~。

2011/01/24

ご近所徘徊続き

拙宅から徒歩10分強も歩けば3区またぐ格好なのだが、この日も寄り道しながら台東、荒川、足立区と歩きとおしてしまった(笑)。

後半は千住大橋から北側、最も宿場町の面影を色濃く残す北千住地域の風景。

1101210046
今も昔も交通の要所千住大橋は江戸開府直前に奥州街道の第一の関所として整備され隅田川の舟運の利もあり、多くの人や物資が集散し、殷賑を極める場所となった。伊達政宗が取寄せた槇の木で堅牢に造られたこの木造橋は江戸300年を生き抜いた。今でも干潮時には当時打ち込まれた橋杭が水底に映るということだが、私はまだ見たことがない。

1101210047
オレンジ色のブイは水底に眠る橋杭の印。

そして川岸に下りた屋形船の船着き場のコンクリ塀に描かれた北斎や広重のレプリカ。橋戸河岸と呼ばれたこの場所は松尾芭蕉が「奥の細道」への旅立ちの際、深川から乗った船をここで降りて陸路奥州への第一歩を印した地点だという。

ゆく春や
鳥なき
魚の目は泪

1101210050
大橋下をくぐり、やんごとなき方々が船から降りて陸上へ出たという「お上がり場」からは程ない中央卸売市場千住市場内を歩く。もうお昼直前なので商売はあらかたカタがついて市場内は閑散としている。朝の9時ごろまではまだ活気もあるし、一般客の買い物も可なのでぜひぜひお出かけしてみて!写真は海の神様、金刀比羅様。

1101210052
街道で商いをしていた古い家々の屋号と何の商いをしていたかというのが一目でわかるように、こんな大きな表札が掲げられている。江戸時代のCI(コーポレートアイデンテティー)。そしてウナギの寝床といわれるような間口が狭くて奥行きが長い敷地に沿うように細い路地が長く伸びている。

1101210053_2

1101210057
1101210058
1101210059_2

千住火消しの石碑。消防署が隣にあったが今は移転。

真っ赤な山門と煉瓦塀が目印、千住1丁目、赤門寺。閻魔さまがおはす。
門前の洗い張り屋さんも味のある佇まい。

千住七福神は新旧あって私がなじんでいた古いほうを今回ご案内した。七福神が移されたところはその痕跡もなく何だか興ざめ。コンパクトに周れていいと思っていたんだけど、町おこしのためにと随分離れた場所に移されたみたい。

1101210083
1101210077

蝋梅が咲いて綺麗。各寺社に植え込まれた樹木もとても大切に保存されている。何の木だかわからないものも樹木に詳しい方と歩いているといろんなお話が出来ておもしろかった。

1101210086

1101210082

これ以上老眼が進みませんように・・・・。お年頃の二人で強くお祈りした千住4丁目、長円寺山門脇の目やみ地蔵尊。

一丁一社(寺)と呼ばれるほど神社・仏閣の多い地域なので、七福神の選定もなかなか大変なのだろう。路地裏天国と異名をとるこの街道沿いは路地のドン突きに山門・鳥居が鎮座していて左右キョロキョロしながら歩いていた(笑)。以上、七福神、寺社巡り編。そして宿場町、街並み編に続く。

2011/01/22

真冬のご近所徘徊

1101210011                     三ノ輪・浄閑寺にて

この日の朝は6時で氷点下2℃。外に置いた水桶の水面もうっすら氷が張っていた。昨夏、猛暑の中、熱中症に怯えながら、両国~深川~日本橋の散歩をご一緒したふるやのもりさんが今度は寒い中、防寒対策を固めて出かけて頂いた。なにせ落語の三段話みたいな昔話の名前をハンドルネームにするくらいの方ですからいつものおトボケ・つっこみで笑わせて下さる。そしてしゃべって笑って歩いた歩いた、約2万歩、距離にして14キロ地図を起こしたら8~9キロというところ。よく歩くね~!みんなよくこの散歩バカに引きずりまわされて・・・・(笑)

1101210008                     三ノ輪・大関横丁交差点 明治通りと昭和通りが交差する

日比谷線三ノ輪駅から北に向かって歩き出した私たちは路地を右に曲がってすぐの浄閑寺へ。ここへ来るたび悲しくやるせない気持ちになる。江戸の粋とも呼ばれる新吉原の華やかな隆盛の陰では、身売りされ酷使した身体を病に侵された遊女が亡くなると菰巻きにされてこの寺に運ばれたという。寺の裏にある無縁塔にはそうした遊女たちが大勢眠っている。さらに昭和に入ると山谷のドヤ街で生き倒れになった日雇い労働者たちの無縁仏まで引き受けるようになる。ふるやのもりさんは浅田次郎原作小説の勘三郎(当時は勘九郎)が主人公・天切り松に扮したドラマを見てから気になる場所だったそう。教えていただいて私は「闇の花道」という原作を読んだ。明治・大正・昭和を駆け抜ける義賊、天切り松の江戸弁の語りが痛快。

1101210015                        永井荷風、震災の詩碑 浄閑寺裏手にある

吉原・遊女といえば偏奇館主人を自称したこの人か。

1101210017                        新型車両の走る都電三ノ輪橋駅

二人とも世の無常にシュンとなり、寺裏の寒さにも冷え切りそうになったので、寺を辞し、ここからすぐの都電の駅を目指した。春と秋はバラに彩られる愛らしい三ノ輪橋駅付近は、ショッピングという主婦最大の日常のレジャーをバラ色に彩ってくれる街。そして不思議、何コレ?の好奇心をいつもそそられる。この駅近くにはその名も「極楽館」という昭和の古い木賃アパートのような建物があって、寒い時期は入り口はさすがに閉じているのだが、夏場は開け放しで、その開け放った向こう側に観音像がおわす。そして広い前庭には赤い鳥居が連なるお稲荷様。いつぞや向かいの花屋で花鉢を物色中に自転車をちょっと前に置いていたら、ランニング、ジャージ姿のオジサンが出てきてエラく怒られたことがあって、さすがに写真は撮れなかった。いったいいつまでこのままの姿でここに建っているのだろうと気になる・・・・。

1101210018                                ジョイフル三ノ輪商店街

ふるやのもりさんがもっと大きいリュックを背負ってくれば良かったと悔やむほどの安さ、種類の豊富さ、そして面白さを兼ね備えたジョイフル三ノ輪。この庶民的な街の一角に蕎麦の砂場本家、今度はぜひご主人をお連れして下さい。

1101210020                             日光街道沿いのウナギ屋、丸善

1101210024                     7世紀創建という百観音・円通寺 銃痕生々しい寛永寺の黒門は後方左

1101210026                        松陰などの幕末の志士ゆかりの回向院の手水鉢

1101210027                             コツ通り(吉野通り)の旧栗友亭 東京漫才発祥地

1101210036                            素盞雄神社内、富士講の名残り飛鳥社

1101210035
このあたりの旧地名小塚原のいわれには二つあって、円通寺に古くから残る八幡太郎義家が討ち取った敵の48人の首塚がそれの一つ。もう一つは同じ街道沿いの古社、飛鳥天王宮の富士塚。「知っていますか?天王様のこんなこと」なんて大真面目な掲示板が立ってたりする。

ここは隕石伝説の残る場所らしく、ご神体も瑞光石という。どんだけの隕石かと言うとその先200メートルほどの隅田川岸まで石の根っ子が伸びていたという伝説である。それが本当なら人類絶滅!私たち生きてないよね(笑)。二人でウケた!三ノ輪からこのあたりにかけては悲しく身のつまされるような史跡が多いのだが、このスサノオ神社の瑞光石のいわれはSFチックで結構笑える。(続く・・・・)

2011/01/20

凛として

1101200022
冷たく乾いた空気にもしっかり顔を向けて凛とした佇まいの花たち。

1101200023
どんなに厳しい冬だって必ず春は来る

1101200014
命をめぐらしながら精いっぱい生きる花たちにどれだけ力をもらっているだろう。

1101190009
そして芽吹き・・・・可愛くないとは言わせない(笑)

私の育てている花たちの今。上からクランベリー、ラベンダーピナータ、クモマグサ、ワイルドストロベリー。

ワイルドストロベリーって言ったら私を思い出して下さい(笑)。そのくらい愛しています!。

2011/01/19

稽古始め

今年の稽古始めは一月も半分ほど過ぎたある日。
社中の何人かは先生とともに家元の初釜で今年の茶の湯始めを飾っている。
この日はその初釜の雰囲気を写したような素敵な席を設けて下さった。
毎度のことながら仕事を半日したあとバタバタ駆けつける私を
いつも温かく迎えてくださることに感謝しつつ、初釜の雰囲気をゆったり味わった。

すでに師範の茶名を頂いているA子さんが今回の亭主役でお正客は先生がおつとめに。
お道具立ては先生手持ちの中から選りすぐったものたち。
長く垂らされた柳に玉椿、床にかけられたのは家元直筆の丸兎の墨絵の額。
茶通箱と古瀬戸の水差しが据えられた一元斎好みの雪輪棚、
釜をかけた炉縁も黒塗りに雪輪詰めの花々が散った初春らしい景色。
お茶を美味しく頂くための茶事は懐石を本式とするが大寄せなどには点心が用いられる。
この日は京懐石の美濃吉の点心弁当が用いられた。

A子さんは釜の炭を熾し湯加減を見つつ、点心を頂く私たちに酒をすすめ温かい汁椀を運ぶ。
汁椀に浮かんだお麩は梅をかたどった中に小さな色とりどりの小花が詰まっていて
頂きながらその可愛らしさにみんなで「まぁ!」と驚き、笑みがこぼれた。

ほどよくお腹がふくれたところでお膳も下げられ主菓子が運ばれて頂いたところで中立ち。
ふたたび茶席に入り、粛々と進む濃茶の点前を一同で見守る。
棚の茶通箱の中には亭主が用意した茶にお正客のおもたせの茶の2種類。
味わい深い濃茶を2回頂けるといううれしさ。
そしてなかなか見られない茶通箱の扱いも勉強になった。
濃茶が終わると干菓子が運ばれてお薄となり
茶禅一味を堪能したうれしい稽古始めの席が終わった。
さすが先生の一番弟子のA子さん、茶人としての心映えの良さがにじみでるおもてなし。
心から感謝しつつ、これから後をついて行くものとしてたくさんのものを教えていただいた心に残る一日だった。

2011/01/12

女正月

年々寒さへの耐性が低下してきているような。
何と人に言われようと寒さから身体を守るためにはどんな格好でも・・・・。
タートルネックの重ね着。あったかい~。

1101120008
センティッドゼラニウムは葉に触れただけで香り立つハーブ。

これは柑橘系の爽やかな香りのレモンゼラニウム。

窓辺には花もちのよいユリと花かんざし。

花かんざしは和紙のようなクシュッとした花びらに黄色い花芯が可愛くて今夢中。

次々に咲く花を摘んではドライにしてポプリの材料に。

1101070003
1101120020
女正月、という言葉がある。
暮から正月まで休みなく働く女たちが小正月の頃、
気の合う仲間、親戚や近所で集まってようやく一息いれるという。
昔からあった女子会とも言えるけど、それはつつましくささやかなものだったろう。
ふるさとでは確かそんな集まりがまだ風習として残っていて
家の守り神を奥から出してきてそばに飾って女だけの宴を開いていたと思う。
昔、家に集まっていたおばさんたちの顔をふと思い出したあと
多くがこの世を去ってしまっていることに気づく。

2011/01/06

休養中

1101060021
毎年繰り返すことだけど、ガタガタいったって時間がくれば明けるんだから

そんなにキリキリ舞いすることないんじゃないかって思うんだけど・・・・

あ~、疲れた、疲れた・・・・(笑)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »