茶室シリーズ、退屈でしょうか?もう少しお付き合いくださいましね。今日は転合庵茶室、池のほとりの芝庭に面した、明るい雰囲気を持つ茶室です。
前記事の春草盧茶室の鄙びた造りとは対照的に、「綺麗さび」という小堀遠州好みを感じられる造りである。
屋根部分、桧皮葺き(ひわだぶき)というそうで、桧の表皮を細かく葺いている珍しい屋根。初めて目にした。
水屋出入り口の戸の造作も凝っている。遠州の「綺麗さび」である。
にじり口。この茶室への入り口がどうしてこんなに窮屈でしかも屈んで入らなければならないか・・・・。茶道においては門をくぐり庭に入った時から、身についた穢れを少しづつ落としていく装置が様々な形で仕掛けられているのだ。二重露地、腰掛待合、庭の関守石、蹲などなどすべて身の穢れをそこで落とす意味がある。結界という感覚だろうか?最後の仕掛けとして、にじり口。これは一説によると狭い産道をくぐるがごとくに、赤子の無心な心にて茶席に入れよという例えらしい。一理あるなと思う。
茶の湯に無知だった頃、茶室を見ても庭を見ても何も感じとるものがなかったが、それなりに年を取り未熟ながらも茶の湯などの楽しみを知った今では、「年齢」を重ねる事を素直に受け容れられる。若い時の私の頭は鉱石のように硬かったかもしれない。そんな事を徒然に思いながら、灯籠を抱いた転合庵茶室を眺めている。
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