きょう朝ドラの新番組「ちりとてちん」を観ていたら、遠足のお弁当がお蕎麦だったという話で、私も蕎麦好きで弁当にして持ってゆくほどだからちょっと笑えました。(さすがに子どもの弁当にはしませんでしたが)。
お弁当は毎日のことですから悩みながらも「え~い、こんなもんでど~だ~」でいつもやっつけてしまいます(笑)。何だかズルズル作り続けている感じ(笑)。いつだったか、ちょっとやる気のない弁当を作ってしまい(多分、揚げ物や炒め物が多かった?)、夫が「こんなに油っこいのは食えない!これだったらオレはタクアンだけのおかずの方がまだマシだ!」と怒り、私も逆ギレして「わかったわよ!覚えてらっしゃい、明日からタクアン攻撃してやる~」と夫婦喧嘩に発展したことがありました。タクアン攻撃は諦めましたけど、その時のことはよ~く覚えています。食べ物の恨みは怖いのです(笑)。
その昔、静香ちゃんという背の高くて綺麗な私の高校時代の友人が、ある日いつものように一緒にお弁当を広げた時に蒸かした大きなサツマイモを1本取り出して美味しそうに食べはじめました。一瞬驚いた私は「何でサツマイモなの?」と尋ねたら、お母さんが寝坊してお弁当作る時間がなくて、前の日蒸かしたサツマイモがあったので持ってきたそうでした。当たり前のように美味しそうに芋を頬張る静香ちゃんをその時ちょっと尊敬しました。私だったら一日不機嫌だったかもしれません。お弁当くらいは親に頼らなくてもその辺のものを詰めて適当に持ってくればいいんだとその時初めて思いました。
私のもっとスットコドッコイなのは箸箱に箸を入れるのを忘れたり、なぜか片方1本しか入ってなかったり・・・・なので、「ちりとてちん」のヒロインの母親役の和久井映見には親近感を感じながら観ています(笑)。
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コメント
高校時代は、当時定時制高校の教員で夕方の出勤だった親父が
毎日私の弁当を作ってくれました。
お袋が作る弁当はそれなりに栄養価も考えて色々入ってましたが、
親父の作る弁当はいつも豚肉の生姜焼きと枝豆が入っていて
結局自分(親父)の好きなものを入れているのでした。
でもそんな親父の弁当が好きだったのは言うまでもありません。
男の子なんてのはおかずの種類や見た目より・・・肉(笑)
たぶんそれも承知の上で作っていたのでしょうね。
もちろんたまに箸の入れ忘れというボケかましもしょっちゅうで
その度に鉛筆2本使って食べてました(^^;
私自身そういうことには頓着しませんので。
親父の作った弁当を懐かしく思い出しながら
今日の記事を読ませていただきました。
投稿: 風屋 | 2007/10/04 11:54
ちなみに・・・
親父が作ってくれた時には、
飯はまるで押し寿司みたいに
ギチギチに詰め込まれてズシリと重く
箸をさすと折れそうなほどでした。
あの飯の量も嬉しかったなぁ(^-^)
投稿: 風屋 | 2007/10/04 11:56
◇風屋さん◇
お父さまのお弁当、微笑ましいですね。
「もっと逞しく育て」の親心にシミジミしてしまいます。
鉛筆2本の箸ですかっ!驚き~・・・・。どうやって食べていたのか見てみたかった!
で、私の「静香ちゃん蒸かしイモ事件」は決して戦後のひもじい配給時代ではなく(笑)昭和50年代前半の盛岡市内某女子高で起きたことで、決して年齢サバよんでいませんのであしからず(笑)。私にはイモを食べる美少女の静香ちゃんが妙に受けましてね、お弁当といえばまずこれを思い出します。
私自身は部活少女だったので、二時限目の休み時間の早弁と、昼休みの購買部で売れ筋のパンを調達、下校時の買い食いは校門出てすぐ横の駄菓子屋さんでくるみゆべしを食べながら、ファンタを一気飲み(笑)。
私の周りはそんな女子ばかり(笑)。
日曜日の部活後のお昼はチームメート達と肴町商店街のはずれにあったうどん屋さんまでチャリンコで遠征、素うどんやきつねうどん、ちょっと余裕の時は天ぷらうどん、いつも何か食べている女子高生でした(笑)。
やっぱり中・高時代、部活命だった息子も弁当二個必ず持っていってました(笑)。
投稿: bikki | 2007/10/04 21:00