冬木立
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フーベルト・ザウパー監督の「ダーウィン悪夢」(2004年)という映画は、むかし刺さったまま放っておいた棘が突然ちくりと痛むような、何となく居心地の悪さを感じた映画でした。
「ナイルパーチ」という淡水魚を「ダーウィンの奇跡」とも呼ばれたアフリカの世界最大の淡水湖であるビクトリア湖に放流したことから始まった自然破壊や社会崩壊・・・・ドキュメントやフィクションという単純な括りで捉えられない映像に静かな恐怖が広がります。私の心に刺さる棘はたくさんありますが、ナイルパーチという魚の名前をまさかこんな形で目にするとは・・・・。きょうの日記のテーマ「何もかも気付くのが遅すぎる」はそんな私の最近の心境を表しています。
「ナイルパーチ」は白身の肉厚でさっぱりとした食味、繁殖力が旺盛、あっと言う間に湖の周辺には加工場が立ち並び周辺経済に大きな変化を与えた魚です。この魚を大量に取り扱う会社で輸入関税などの書類に並ぶこれらの魚の名前を何も考えずに決済し右から左へ流していた当時の私でした。外食産業や学校給食に安価で卸されたこの魚は、命をつなぐ食糧とは決して言いがたく、大量に仕入れてフライなどに加工されても、胃袋に入る前に大量廃棄になってしまう場合も数多くありました。魚自体は安全でほどほどに美味しいのに。アフリカのコストの安い人件費と設備投資の上にあぐらをかいた傲慢さが先進国の飽食の病理に繋がっているように今は感じています。「地産地消」や「食糧自給率の上昇」など今でこそこの日記に書いたりしたりするのですが、現在のどうにもならない世情に対して、気付かずに自分も負の方向へ加担していたことに遅まきながら最近になってようやく気付いてきました。若かったとは言え、無知ほど罪なるものはないと・・・・。
まるで無欲の清廉な庶民であるように国内景気など書いたりすることのある私なのですが、本当は欲望と煩悩の固まり。欲望をとことん追求できればそれはそれなりに評価できるのでしょうが、中途半端ゆえに突き詰められないジレンマに陥ったりもします。時々、そんなことをすっかり忘れたかのようにキレイ事を書き散らしている自分がいて恥ずかしくなることしきりです。鉄面皮とは私のこと?石つぶてをぶつけられそうな文章を寛容な態度で読んで下さる方に恵まれている、今になってそんなことに気付く私でありました。
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図書館で一風変わったガイドブック見つけたので読んでみたら、面白いんだな~、これが。
こんな旅行記をまとめるのも旅が終わった後の楽しみになるのでしょう。
女子のバックパッカー入門の書としても親切丁寧、杉浦さやかさんの「上海を歩こう」は可愛いイラストで楽しめます。こんな感じで軽々と旅を楽しみたくなりました。
各々スケジュールをすり合わせた結果、当初の2月の予定が3月に変更になりました。すこしは暖かくなっているでしょう。
Mariah Carey_Without Youを聴きながら(音鳴ります、注意!!!).Can't live if・・・・のサビのところを一緒にうなってみたりする私。
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昨日の毎日朝刊の「くらしナビ」での東レ経営研社長の佐々木常夫氏(63歳)の言葉です。佐々木さんは家事参加をするというレベルをはるかに越えて一手にそれを引き受けた体験談を「ビッグツリー」(WAVE出版刊)という本にもまとめていらっしゃるのですが、新聞記事でもその手際のよいライフスタイルに嘆息しました。こう書くと恵まれた環境での家事参加とも見えますが、実際はうつ病の妻・自閉症の長男や自殺未遂を起す長女のケアにも身を削りながら会社内では同期トップの取締役昇進といったこともやってのけた方。記事は要約ですから、行間には載せきれない苦労もたくさんあったでしょう。普段の生活で生まれるささいな不満をつまらない自己満足のストレス発散に逃げてしまう私はおおいに反省しました。人は他者のためにもっと頑張れる、自分のことしか考えないから行き詰るのだ、と。
企業の要であった佐々木さんの仕事と家事の両立のポイントは徹底的に「計画」と「効率」を考える事で時間を生むことだそうです。家庭内では日々の台所仕事に加え、土日の大掃除、2週間分の買い物と献立作成に費やし、社内では家庭事情を上司・同僚に理解してもらうこと、だからといって部下より早く帰宅するということではなく、午後6時までに部内の全員が退勤できるようなワークスケジュールを計画し、徹底することで部内の人間関係も良好に保てたことが一番だったようです。多分このあたりが重要で佐々木さんにしても一番心をくだいた部分なのではないでしょうか。
「厳しい仕事が自分を確かめる原動力」
「理不尽な存在である子どもを育てることは能力開発のチャンス」
「家族の絆は時間の長さで決まらない」
「最大の幸せは'家族仲良く'」
ひとつひとつの言葉には経験に裏打ちされた説得力があります。理不尽な運命を正面から受け入れる、こういう方が世の中にいるということ、人間の素晴しさを感じられて気分が明るくなりました。
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海童と号したのは今は亡き女優、夏目雅子さん。日本の女優で誰が好き?と訊かれたら、彼女を入れるのは絶対忘れないと思います。
生前、どれだけの俳句をよんだかは知りませんが、私の手元にある新潮社刊「星花火」は、何十首かの俳句と夏目さんのポートレートで綴られた本です。
間断の 音なき空に 星花火
冴々とした冬の夜空を眺めているとこの「星花火」という言葉を何となく思い出します。
彼女はFM東京(当時の社名)で音楽番組のパーソナリティをつとめていたこともありました。確かP・P&Mやボブ・ディランが好きだって言っていたのを覚えています。主演映画ではやっぱり「時代屋の女房」を一番に推します。本当に綺麗な女性(ひと)でした。
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暮から正月にかけて、日本経済をめぐる様々な展望を目にします。おおかたの予想通り、景気の上昇は難しい年になりそうです。低所得層の増加、物価上昇・・・・。だれでも経済的なゆとりは多少でも欲しいと思うのは自然な欲求だと思います。ただそのゆとりって国の景気が良くなればすぐに自分が潤うか?というとそうじゃない気がします。もしも景気が良くなったとしてもそのおこぼれに与れるのは、私のような一般大衆はほんの一瞬、微々たるあぶく銭をつかまされただけで夢から覚めて放り出されるのです(笑)。バブル崩壊からもう20年近くの歳月が経ちますが、痛みが忘れられつつあります。景気の上昇を願うのって、何だか宝くじが当たるように願うのと同じように感じるのは私だけなのでしょうか。
この景気停滞の原因として最近あちこちで目にするのは、企業倫理・法令遵守といったものが足かせになって収益活動の障害になっているというものです。建築基準の偽装から始まったあらゆる業種にまたがる偽装告発や労務違反の続発で法令整備・改良が続き、その煩雑な作業が企業活動を圧迫しているから景気が上向かないのだという分析です。昨日のニュースでもある経済学者が「コンプライアンス不況」なんていう造語で得意に語っていましたが、本当にそうなんでしょうか?
法令は何よりも国民の安全・健康・財産を守るためのもので、企業はその点をきちんと押えた上で利潤の追求を図るべきです。もちろん現状をよく吟味せずお役所仕事で作られたお粗末な規制もあると思います。それは声を上げてきちんと正してゆくべきとは思います。しかし「コンプライアンス不況」などと決めつけるのはまさに企業本位な考え方で、社会がこういう分析を「へ~、そうなんだ」と受け入れて、せっかく作った規制・監視の流れを絶ったとしたら、どうなるのでしょう。私自身、労働基準、安全衛生基準など法律に敏感な部署にいて思うのは、法令・法律がどんなに変わったとしても、それをスタンダードに昇華できる賢明な組織を持つ企業こそが、この国のリーディングカンパニーとなっていってほしいということです。収益の悪化の原因を法令にかぶせるなんてもってのほかじゃないでしょうか。何度もいいますけれど、企業が法令を無視したり軽く扱うことでで一番痛い目に遭っているのは私たち庶民なのですから、もっと厳しい目を持っても良いくらいだと思います。
それにしてもマスコミも「レッテル貼り」が好きですよね。特にテレビはひどく、生半可な理由付けというか、それを瞬く間に受け入れてしまう人々も一方に存在するから始末が悪いのでしょう。
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今日もよろよろ一人で買い物に来たおばあさんをタクシー乗り場の前まで付き添ってお見送りをしました。このおばあさんは高齢でしかも人工透析を定期的に受けている病人、顔色も悪く今にも倒れそうな足取りで週に2~3回は買い物にやってきます。私たちの介添えがないとエスカレーターの昇り降りさえおぼつかないようなご老人が、ここ何年かの間で付き添いもなくたった一人でお買い物に来る姿が非常に目に付くようになってきました。
以前、認知症100万人キャラバンやノーマライゼーションについて日記に書いたことがあります。社会全体が幼児や老人や病人に対して温かく接するということはとてもよい事だと思います。しかし一方では「向こう三軒両隣」といった狭い範囲での温かな交流が激減してきているという現実を数多く目にします。
昔のように近所のおじさん、おばさんが茶飲みがてらに立ち寄り、ついでの用事は何かないかといった御機嫌伺い、幼児を連れてゆくには憚られるようなとき、ちょっとだけ子どもを預かってくれるご近所など、都会だけでなく地方でも姿を消してゆく運命にあるようです。
先に述べた認知症キャラバンにしてもノーマライゼーションにしても多くの場合、その担い手となるのは公共サービスや銀行・小売業など最前線でお客様に接する人々なのです。そこで現在どんな事が起きているかというと、かなりおかしな困った状況になってきていて、密かに悩んだり腹を立てたりしている人が多いと思います。「企業CSR精神」という建前と現場の私たちの「本心」との隔たりは大きく、それでも同じように子育てをしたわが身、いずれ老いゆくわが身と気を取り直してみたりしています。
「おひとり様の老後」(上野千鶴子・著)という本があるそうです。まだ読んではいませんが、今年読みたい本のなかの一冊です。周囲に迷惑をかけず、自立した老人として人生をまっとうしたいと誰しも思うこと。しかしどんなに足掻いても否応なく精神にも肉体にも老いの翳りは遅かれ早かれどんな人にもやって来るでしょう。
夫や友人達とよく話すのですが、私たちくらいの年代は物質的豊かさに慣らされて、長年の食生活で身体には多くの有害物質が沈殿しているし、利己的で刹那に溺れやすい気質にも深く侵食されている世代です。たぶん初老期の罹病率も高くなってきっと長生きできないし、認知症などが早期に出やすいかもしれない、周囲に迷惑をかけてはばからない暴走老人になってしまう確率が大きいなどと、ちょっと怖くなるような話なんだけど、なぜだか現実味があります。無責任な雑談の中で語られる話ではありますが・・・・。
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昔のように普段から着物を着る生活であれば、手入れも手馴れたものになるでしょうが、現代のライフスタイルには適応しません。
座敷の長押にロープを渡して、そこに着物をつるして虫干しをしている風景は昭和中期までは一般的な習慣として残っていたでしょうか。絹は湿気が大敵で、カビや虫食いを防ぐためにも、このような女仕事は重要でした。
上の画像は「誰が袖図屏風」、江戸時代の作品で、このような虫干しの習慣を艶やかに屏風絵に切り取ったものです(根津美術館所蔵)。衣桁にとりどりの絹の衣が美しく描かれています。
※衣桁(いこう)・・・・今でいえば、ブティックハンガーのようなものです。
わが家の場合、着物の枚数も少ないですし、着用機会もずい分減りました。それでも湿気対策や虫除けには頭を悩ますところで、苦肉の策として、よく晴れた午前中の間、衣装ダンスの扉を開いて空気の入れ替えを行っています。そのせいではないでしょうが、大切な着物・帯など数十年経つモノでも、しっかりしています。
今回、娘の成人式には振袖は新調しましたが、帯やショール、ぞうり、バッグなどは私の物を再利用(笑)します。初めに、「この振袖にはこの帯を合わせるのよ」と娘には私の帯だということを伏せて伝えたら、とても素敵!と気に入ってくれて、そんな喜ぶ娘の笑顔に私までうれしくなった着物選びでした。さてもうすぐ成人式ですね。新成人のみなさんに心から「おめでとう」のメッセージを送ります。
↓↓↓追加投稿(調子ぶっこいています!)
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飛行安全の神様、飛不動尊です。最近、しょっちゅうお参りしている気がします(笑)。
布袋尊、寿永寺ではとても心あたたかい「おもてなし」に会えます。ここで可愛らしい干支のネズミのマスコットを買いました。
弁天様の朝日弁財天、毘沙門天法昌寺と巡って、途中小野照崎神社に寄り道して、繭玉みくじの可愛さに思わず写真をパチリ。
大黒天の英信寺では昔ながらのコマやケンダマ、羽根突きで遊べるようにと用意されていました。お父さんの方が熱中・・・・(笑)。
そしてキンカンの実と蹲(つくばい)のある風景。
写真は撮りませんでしたが鶯谷駅前の猥雑な街角にあるのは寿老人の元三島神社、立派な茅の輪に迎えられます。
最後に入谷の鬼子母神、福禄寿様。母性の象徴、ザクロの名残の実が寒風にも負けず梢にしがみついていました。
下谷七福神めぐりの起点はJR鶯谷駅、日比谷線三ノ輪駅・入谷駅が便利です。歩行時間は約2時間ほど。
下谷以外でも各地で昔ながらの七福神めぐりを楽しむ方が増えているようですね。
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今朝もよく晴れ渡ってよいお正月です。ベランダからいつも眺める木(たぶんケヤキ?)の梢越しに朝の光と青空の澄み切った風景に何よりの幸せを感じる朝。
お餅を食べるのにどんな食べ方が好きかといえば、お雑煮(昨日食べた)、ぜんざい、磯辺、きなこ・・・・。きょうはちょっと目先を変えてお餅の揚げだし風なものを作ってみました。
のしもちを3cm角に切ったものをカラリと揚げて、大根おろしと出汁ツユで味を調え、イクラと結びみつばを添えます。写真のお雑煮碗はずいぶん昔に五客揃えで求めたものだったのが今では一客残すのみ。夫だけはこれで、私たちは普通の塗り椀で頂きます。
そしてお節の中でも私の自信作は黒豆です。料理本にはない黒豆の煮方.で毎年作っています。今年も失敗せずに作れました。黒豆大好きです!
今日はこれから七福神めぐりに行ってきます!
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家庭で、職場で、街角で、毎日のように顔を合わせる人にも、久しぶりに会う人にも、新しい年の朝にはどこか清々しい気が漲り、とてもよい笑顔に出会えた元旦でした。
「この世が佳き心映えに包まれますように」
氏神様へのお願いはそれだけです。そして世界中の神様・仏様にもそうお願いしたい心境です。何だか現世ご利益を願うようなお参りはもういいかなと思う今日このごろ・・・・。
暮に寝込んだことで身体の中の澱みが一掃できたような気がします。ささやかな体調異変ではありましたが、自己回復能力がきちんと機能していることを確認できただけでも寝込んだ甲斐があったかもしれません。
去年、積み残したものはまた新たな気分で取り組んでいきたいと思います。いつも温かい言葉をかけてくださる方にはもちろん、ただ静かに読んでくださる方にさえも見守られている安心感を感じております。
誤解を恐れずに言えばこの場所だけは
「誰よりも自分が一番大切」
そんな気持ちを忘れずにいたいと思っています。
わがままな私なりの日々の覚え書きとして細々と書き続けていけたら幸いです。
こんな私ですが、どうぞ旧年に変わらないお付き合いのほどをよろしくお願い申し上げます。
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