« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

連休のはざまで

用を足しに外出するのですが・・・・どこに行っても行列!!!
やはりスタートダッシュが肝心だったのです。
連休のはざまでしかも月末じゃ~、しょうがないということです。

ここ数年、わが家の住宅機器類があれこれ不具合を起こし始めているのですが、浴室内の照明と換気扇がダウンです。マンションの窓のない浴室で換気扇が動かなくなるということは、梅雨時に向かうこれからはかなりイタイので点検・修理、場合によっては買い替えになるかもしれません。せっかくだから業者さんにキッチンを含めた水回りのリフォームの相談でもしてみようかと思います。便利な機器類はひとたび壊れてしまうとストレスが大きいものですね。

子供たちのアイドル上野動物園のジャイアントパンダのリンリンが天国へ召されました。安らかに。私たちをたくさん楽しませてくれてありがとう・・・・。日中友好のシンボルとして30年来の人気者だったジャイアントパンダは、とうとう上野のお山から姿を消します。

Photo
2月22日撮影したものです。お別れの写真となってしまいました(涙)。

| | コメント (2)

千羽鶴に祈る

同じ職場のパートさんのお嬢さんはまだ高校生、脳腫瘍に侵されて闘病中です。幼児のにぎりこぶし大もある腫瘍の切除手術に成功し現在術後の療養中ですが、ご両親の心中を察するたびに、痛みや辛さを分け合うことが出来ない悲しみを感じていました。神様はたった一人の人間にどうしてこれほどの苦しみをお与えになるのでしょう。

2008_04230003

仕事仲間に呼びかけてみんなで千羽鶴を折りました。先日、ご両親に託したのですが、お嬢さんの辛さやご両親の心労がどうかこの鶴たちに乗り移って空に飛んで行ってほしいと思います。

大切な人の苦しみや痛みは叶うなら何とか自分の身に分けてもらって、少しでもその人が楽になるならと当事者であれば切実に思うかもしれません。私は子供のころ、大変やんちゃで、生傷をいとわない男勝りの子供でした。そんな私が2~3歳のころ、何と顔に火傷を負ってしまったのです。軽いもので傷痕も残らない程度の火傷でしたが、それでも痛々しい様相だったようです。母もあまりのショックで一時錯乱状態になり、自分も同じ痛みを、と思ったのか、自ら顔を火に当てたという話を成長してから聞きました。母の激しい気性の一面を窺い知るとともに、自分はそこまで子を思いつめることが出来るだろうかと思いました。幸い我が家の子供は大して大きな病気やケガもせず、成人してくれました。これほどおかげ様ということはないのかもしれません。

| | コメント (4)

ただの食いしん坊

金曜日は緊縮財政が解ける給料日でした~shine

かなり気が大きくなった私は「きょうはごちそうの日だ!」

勇んで出かけたのは上野アメ横。

「おねえさん、おねえさん、あ~、行っちゃうの・・・・」

「おいらを助けると思って、ホレ、筋子一山800え~んでど~~だ~。」

威勢のよいお兄さんのかけ声(笑)。

楽しいお買物の原点は気分をよくしてもらって

思わず財布を開いてしまうという・・・・ほとんど催眠商法とおんなじじゃ(笑)!

でも~アメ横は気分をよくしてもらうだけにして(笑)、

この日は上野松坂屋となりにある「吉池」に立ち寄りました。

夜は海鮮バラちらしを作ろうと思い、鮨ダネの刺身各種を調達。

小腹がすいていたんで鮨屋にも顔を出し、

大好きなアジなどの青魚系を握ってもらい、満足・満足。

Sushi_3

ちらし鮨を夜に食べようって人が、昼も鮨をぱくつく・・・・ただの食いしん坊なんです!

青果コーナーでは、イチゴに気を取られてしまいました。九州などの暖地産のイチゴに混じって、そろそろ寒冷地産のイチゴが出回り始めています。

Hako

比較的新種の群馬県産の「綾瀬はるか」(笑)じゃなくて「尾瀬はるか」です。幻の大粒イチゴと言われ、3年ほど前から市場に出回っています。どんなに大きいかと言うとこんな感じです↓

Ozeharuka

ちょっと小さめのトマトにかぶりつくくらいな感覚で、大人でも一口では食べきれません。幼児であれば、両手で持ってカプッ!

寒冷地産に共通する食味の特徴として、固めの果肉にやや酸味勝ちな甘みでしょうか。

噛みしめたとき、一瞬鼻に抜けたイチゴの香りに、実家のイチゴ畑で「ひとりイチゴ狩り」を楽しんだ子供時代を思い出し、懐かしくなりました。

| | コメント (0)

城跡に佇んで

江戸城の無血開城から一世紀半ほどの年月が経ちます。京都の鳥羽伏見の戦いで劣勢だった西郷隆盛率いる新政府軍が、幕府軍に勝利を収めた勢いで、江戸城開城に向けて攻め上がらんとしている間、幕府側も徳川慶喜が新政府軍に恭順の意を示しはじめます。江戸の町が戦火に包まれることを避けるために、水面下では英公使パークス、勝海舟、山岡鉄舟らの強い働きかけもあり、江戸城内に残る徳川家そして幕府役人から奥女中に至る千人あまりの人々は意を決し、静々と城をあけわたし、ついに徳川幕府の世を閉じることになりました。しかし、いまだ徳川に忠誠を尽くさんと新政府に反旗を翻す者たちは徳川菩提寺の上野寛永寺に立てこもり徹底抗戦に入ります。以前、夥しい銃痕の残る寛永寺黒門の記事にも書きましたが、ここから続く会津戦争・函館戦争は時代の流れに取り残される愚直者の悲哀を感じさせられます。

Photo

天主台から南側を見ています。中央に見える芝生の部分に大奥の広大な建物が並んでいたようです。天主台に近く手前に正室や嫡子の屋敷が立ち、徳川のお殿様はここから大奥の様子を眺めて暮したのでしょう。写真右側には幕臣たちが勤めた建物などが並んでいた場所で、松の廊下址がひっそりとありました。

Photo_2

こちらは北の丸を眺めています。あれれ~?!、武道館の玉ねぎを撮ったつもりが木の陰で写っていませんね~(笑)

Photo_3

本丸西側の少し土手になっている部分には植栽が豊かに施されています。

Photo_4

シャクナゲが満開でした。各地でいろいろな花だよりが聞かれますが、どこも早く見頃を迎えているようです。来月、沼津・箱根方面へ小さな旅を予定しているのですが、お目当てのツツジ・シャクナゲはまだ咲いているのでしょうか。

Photo_5

大手門です。今、残っているものは戦後再建されたものです。確か、戦災で焼失したとか・・・・。古色蒼然とした雰囲気よりも、そのスケールを味わうには十分の巨大な門の大きさに圧倒されます。

皇居付近はまだまだ見どころも多く、ポタリングに最適なので、天気の良い休日を狙ってまた出かけようと思います。皇居の自然観察会なるものも募集しているようですね、はるきょんさん情報ありがとうございます。私も応募してみます。

| | コメント (6)

江戸城内

Photo

本丸の頑丈そうな石垣です。

Photo_9

江戸城二の丸の広い芝生では、のんびり、お弁当を広げて・・・・。

Photo_3

江戸城の警護にあたった同心たちが詰めていた番屋の中で最も大きい百人番屋と呼ばれる建物です。

かたわらの色とりどりのつつじが綺麗でした。

Photo_6汐見坂からは昔は海が見えたとか・・・・。城内の最も急な傾斜の坂で、本丸に急報を告げる早馬はここを駆け抜けていたのでしょう。

Photo_4

森林の足もとによく咲くシャガの花の群落があちらこちらで見られました。

Photo_5

二の丸雑木林は昭和天皇のたっての願いがあり、武蔵野の自然林のような風景を再現させたそうです。年月が経つにつれて昔からそこにあったような自然林に近い落ち着いた雰囲気を漂わせています。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

春霞の中

Ootemonつがいでしょうか?仲良くのんびり。

Photo_10

大手門のお堀の向こうに霞む東京タワーが望めます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

久々の皇居ポタリング

Photo
初夏めいて風がとても気持ち良い〜(^_^)v

坂下門の前の堀の八重桜の花びらが散り始めていました。遅い花見となりました。

Photo_2都心を貫く幹線道路は、車線も多く二輪車の走る道幅もある程度余裕があり、快適な走行ができます。自転車は車道を走るのは当然のことで、歩行者を脅かすような歩道走行はしないようにしています。

Photo_3

坂下門の前の広場から東京駅方向のながめです。新緑の若い木々、木の名前がわからなくて調べています。街路樹としてポピュラーな、ケヤキやイチョウではないようでした。ちなみに私の大好きな並木道は、渋谷の表参道、仙台の定禅寺通りや青葉通りを彩るケヤキ並木です。

隅田川沿いに走れば、深川や築地まで川風に吹かれながら楽しめますが、上野山辺りから続く坂町を横に眺めながら皇居まで一気に走るのも好きです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ヘッド・スパをしてもらう

「ね~、この前、同期のコが泣いちゃったんだよ~、びっくりした。泣きたくても泣くもんか~ってずっと思っていたけど、やっぱり我慢できない時ってあるんだね~。」と言う娘。
「いろいろあるからね~、あまり溜め込まないほうがいいかもよ。お母さんだって昔は何度も泣きながら給湯室のゴミ箱をボコボコ蹴っ飛ばしてたんだから」
「お母さんにボコボコにされたゴミ箱も災難だったね~。」
なんて他愛のない話をしながら、夕食後、娘がヘッドスパをしてくれました。
まだ上手ではないけれど、頭皮のマッサージや、肩から背筋をもみほぐしてくれて、こんな練習台だったらいつでもOK(笑)。
お茶を飲みながら新聞を読んでチラチラ私たちの方を気にしている夫に
「お父さん、気持ちいいわよ、どぉお~」と水を向けたら、
「ぅうん、や、オレは美容院派じゃなくて、理髪店派だから・・・・」
とか何とかワケのわからないこと言っちゃって・・・・。素直じゃないな~(笑)。

2008_0416z0051
我が家のリビングを飾る、蘇州の刺繍絵「虞美人草」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

爆弾低気圧?

先週の話ですが、遅めの花見をしようと計画した日に爆弾低気圧なるものに見舞われて、水上バスは欠航となり、またもや隅田川クルージングはお預けとなりました。花をあきらめた私たちは食欲に走り、その日は品川のパシフィックトウキョウ内の冠園で中華料理をいただきました。

Sinagawa

きょうもまた朝から低気圧の影響で大荒れです。今年ほど桜に接する機会の少ない春もなかったような気がします。ソメイヨシノを遠巻きに眺め、深山のヤマザクラの孤高な姿を目にしたいと思いながら、いつのまにか過ぎてしまいました。

家で静かに過ごす日に折鶴を折っています。・・・・知人のお嬢さんの難病の快癒を祈りつつ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アマリア・ロドリゲス

41jr3x92g0l_ss500_

ポルトガル出身「ファドの女王」と呼ばれたアマリア・ロドリゲス。厚みのある歌声、ほとばしる情感をまるで音符の上にころがすような見事な歌唱力・・・・。

私が彼女の歌声に初めて接したのは、五木寛之原作の小説で映画化された「戒厳令の夜」のラストシーンに流れた「哀しみのフローレンス」という曲。ポルトガルの「ファド」という音楽の何たるかも知らなかった私ですが、アマリアの歌は印象に強く残って忘れられません。

この「戒厳令の夜」、小説はもとより根津甚八が主人公を演じたラジオドラマまでも聴きこむほどのめり込みました。第二次世界大戦中に謀略によって行方がわからなくなった幻の名画をめぐる壮大なミステリーロマン、今は書店では容易に見つからないかもしれません。

そして映画は1980年の初夏に封切られ、確か新宿の映画館だったと思いますが観にいきました。樋口可南子、伊藤孝雄、鶴田浩二らが出演。さらに夏休みの帰省中に、盛岡の映画館で遅れて上映されていたのをまた観に行った私でした。映画全体の感想としては少々小粒な印象を拭えなかったのですが、ラストシーンに流れるアマリアの切ない歌声が最後まで私を客席から立たせなかったことを思い出しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大した事でないけど発報するのよね

キッチンでみりんなどを使って調理をしている時、換気扇をフルに回さないと、ガス警報機が感知してうるさい事になります。

ピピピ

ガスが漏れていませんか?

ピピピ

ガスが漏れていませんか?

ピピピ・・・・・プォ~~

夕食の準備で照焼き用のたれを作っているときのことです。

オ~ッ!!!また、やっちまった~と思いながら、タレを熱している小鍋の火を止め、踏み台を引っ張り出し、天井の警報機をリセットして発報を止めました。

ここでタイミングが悪いと玄関のインターフォンに連動して、けたたましい音が共有廊下に鳴り響くことになります。お騒がせな近所迷惑となるところで、警報機の感度が良すぎるのも考え物です。ふ~ぅ・・・・。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

格闘する相手は・・・・

このところ布団に入った途端に深い眠りの淵に落ちる私。スパンの大きい仕事の締め切りがいよいよ迫ってきています。内部監査が入るのです。ルールの厳しさに不満を感じるよりも、ルールの厳しさにきちんと従うことが何より自分を守ってくれるものだとこんな時に改めて認識します。マスクをかけピッチリとした白いゴム手袋で倉庫の奥の書庫に潜る日々ですが、ヤマを越えたあと、友人からのお誘いの予定があり、その楽しみを妄想しながら、重い文書箱と格闘中・・・・。山の石楠花に早く癒されたいです~(笑)。

映画の話。
サイドバーにリンクもつけていますが、ジョージ・クルーニー主演の新作「フィクサー」、劇場公開は明日からですけど、先月JALを利用したとき、先行版を機内サービスで観ました。望まれるべき社会性からの「逸脱」・・・・何らかのラインを踏み外してしまう人間の内面心理を演じるクルーニーが素晴らしいと思いました。

Photo

八重桜。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

最後の夜は雑技団

旅日記もそろそろ終わりとしましょうか。
最後の夜に上海雑技団を見て盛り上がりました。
サーカスって本当にワクワク、大人でもその世界に引き込まれますね。
まだ10代なかばくらいの少年たちの演技に「頑張っている君たち、エライ!」と拍手しまくりでした。


2008_03280256

息を呑む演技が連続し、2時間あっという間に終わりました。

2008_03280262

皿回し、棒に皿がくっ付いているようにしか見えません。これからお花見の宴席という方々、宴会芸に皿回しいかがですか?(笑)


2008_03280252

2008_03280289

こうして上海の最後の夜は更けてゆきました。名残惜しさを感じつつもまた近いうちにくるかもしれない期待感を抱いて、翌日、楽しい旅を終え、無事に日本への帰国の途につきました。

2008_03280296

| | コメント (2) | トラックバック (0)

これも食べたい、あれも食べたい

2008_0328_0017中国は粉食の国です。豪華な中華料理とは縁がなかった今回の旅でしたが、美味しいものにはたくさん出会えました。

中国は薬膳と言って、漢方薬にもなるようなスパイスを幅広く使用して独特の味わいがあります。このスパイスの味にずいぶんとこの旅でなじんだような気がします。

上は具沢山のビーフン入りスープ。さっぱりした味が意外でした。

2008_03280015

今ちょっとしたブームになっている黒米のほんのり甘い味が中国風おはぎのよう。

2008_03280119_2

これはごく普通の蘇州の家庭料理だそうですが、とんでもない量が出て驚きました。セロリは好きなのでバリバリ食べましたけれど、ほとんど食べきれず残してしまいました。

2008_03280209

これはナッツをたくさん使った焼き飯です。チャーハンのように全体炒めるのではなく、鉄板にご飯を乗せて、ナッツや薬味野菜、鶏肉を独特のソースで炒めたものを熱々の内にご飯に回しかけたもの。これが一番美味しかったです。スイカのジュースと一緒に食べたけど、何となく東南アジア風だったかな~?

2008_03280221

前に書いたショウロンポーの美味しいお店。焼きたての美味しそうな匂いが立ち込めていました。行列して食べものにありつくというのはのは久しぶりのことでした。

 2008_03280220

こちらはラム肉の串焼きをやいているところ。カリカリに炭火で焼くとラム特有のしつこさがすこし消えるみたいです。

2008_03280219d

コックさんもお腹がすくようです(笑)。

裏通りに出したテーブルで食事中。

2008_03280215

いろいろな立ち食いのお店が並んでいます。

1品10元を越えるものはまず見られません。とにかく安い上海のファーストフード。

2008_03280216

観光客が普通は来ない裏通りのお店をたくさんのぞけて面白かったです。もしまた行く機会があったら、今度は違うものを食べてみようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上海点景~豫園は中国の浅草だった

上海は200年ほど前は鄙びた漁村だったそうです。近代的都市として発達してきましたが、古代から政治・文化の中心は周辺の蘇州・杭州などでした。古いものをたっぷりと見た翌日、上海に来た人は必ず立ち寄るという「豫園」に出かけました。

2008_03280192

2008_03280207この豫園は敷地は大変狭いのですが、迷路のように入り組んだ路地に小景を組み込んで、変化に富んだ景観を見せてくれます。

2008_03280198

どの場所から眺めても一つとして同じ景色はなく造園の技の素晴らしさに酔えます。

豫園の外に出るといつも大変な賑わいです。

「豫園商城」といって、土産物屋さん、お食事処などが軒をひしめき合って並んでいます。

そうです、ここは東京で言えばまさに浅草の仲見世の賑わいにうり二つでした。

諸外国からのツアー客が列をなして狭い道を歩く姿も、普段似たような風景を見ているので、何となく親近感を覚えました。

2008_03280197

2008_03280190_2

2008_03280191_3

ここで軽食を取っていた私たちでしたが、テーブルの横にカードに何やら中国語を書いてパウチしたカードを見せ動かない男性が・・・・。最初は無視していたのですが、息子がおもむろに財布の中から1元硬貨を2枚出して渡したところ、ようやく立ち去ってくれました。息子は面倒だし、取り締まる警官もいないし、と言うことで、困ったことですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

きょうも写真整理・・・・

旅行から帰ってきて暇をみてはPCで写真の整理などしています。慌しい日々、娘もいよいよ社会人で、私が旅の思い出にうつつをぬかしてる間に、入社式があり研修の日々が続いています。配属も決まり当分は原宿の本社で毎日絞られることになります(笑)。旅から帰ってきた翌日に国家試験合格を確認し、1日入社式でしたから何と慌しいこと。明日は休みでもう帰ってきてご飯を食べて自室に引っ込みました。誰もが通る道とは言え、「お疲れ様」の言葉もかけたくなると言うものです。学生がいなくなって大人ばかりの家族って、こんな感じだったんでしょうか。今だけでしょうが夫もそんな家庭の雰囲気に戸惑っています。すぐに慣れるでしょうけれど。息子とは相変わらずメッセでやりとりし、今度は猫の顔で出てきます。わが家のVistaにある音楽ファイルを自分のXPと共有にしてくれというので、難しい作業かと思いましたら、簡単でした。息子が言うにはVistaでDVDに落としたファイルはXPでは再生できないので、オンラインで共有するしかないのだそうですよ・・・・わからな~い!!!何で?息子にとってはそんなこと常識なんでしょうけど、私にはわかりません。言われる通りに作業は終わりましたけどね。

Sa

写真整理の合間にちょっと遊んで作ってみたのが上の写真です。Picasaで作りました。もう少し研究して上手にまとめてみたいな~。ふざけて私のサングラスかけている娘(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

上海点景その3

2008_032801602008_03280161

夜の上海駅周辺です。朝早くから夜遅くまで構内アナウンスと人々のざわめきの止む間がありません。

近郊からでしょうか?みかんを行商している人。私も普段最寄の駅で千葉県から来る行商のおばさんから新鮮な野菜を買ったりすることがあります。この行商のスタイルって何だかいいですね。

2008_03280189

2008_03280237

2008_032802262008_03280245

息子を先頭に歩く上海の街、時々、息子と娘が後ろを振り向くのでつられて私も振り向くと、「どこ見てるんだよ、ちゃんとついて来いよ~」って、方向音痴の母の面倒はたいへんでしょう(笑)。

2008_032801782008_03280223

2008_032802242008_03280229

公衆電話ボックスは赤、郵便ポストは緑でした。

こんなのをきょろきょろ探しながら歩く私はかなり挙動不審なおばさんです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

蘇州寒山寺~山塘街~盤門へ

080328_153901落ち烏ないて霜天に満つ

江楓漁火愁眠に対す

姑蘇城外の寒山寺

夜半の鐘声客船に至る

寒山寺は唐代の詩人張継の「楓橋夜泊」に詠まれた寺として有名です。この寺の鐘の音を聴くと10歳若返るという言い伝えがあります。大変よい音色でした。寒山・拾得(かんざん・じゅっとく)という古い時代の人にちなんだお寺で、創建は古く6世紀なかば。日本にもやはり所縁があるらしく、この寺の鐘は日本から贈られたものといいます。

2008_03280132_2

2008_03280130お線香を焚いた煙を浴びる人々の姿も、仏様に一心不乱に祈る若者の姿にも、善男善女の心映えを感じました。

Ts3a0177Ts3a0182_2

Ts3a0184_2Ts3a0172b_3「東洋のヴェニス」とマルコポーロに言わせた、運河の街、山塘街にやってきました。

蘇州は北京と杭州をつなぐ運河、京杭大運河の途中に栄えた地域ですが、その大運河からも細い水路が街の至るところに入りこんで古代から人・物の往来が活発でした。

Ts3a0183b_2

Ts3a01861

家々の間には水路に下りる階段があり、そこに舟をつけられるようになっています。私たちもこの水路から京杭大運河に抜けて古城・盤門までの川下りを楽しみました。

2008_032801462008_03280137_4

この橋の形が蘇州名物の石橋です。

両岸には名前がわからないけれど珍しい建物がいっぱい。

雨がぱらつき始めたころ、この日の最終目的地、盤門古城に到着しました。

戦のための攻守の仕掛けがあちこちに見られる貴重な史跡だそうです。

2008_03280148

蘇州の旅でしたが、私の興味のあるものや好きなものにたくさん出会えて幸せでした。何気なく蘇州に行ってみようと思ったのですが、今思うと引き寄せられた感じもいたします。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

蘇州めぐり~シルクの街

2008_03280121これは繭玉。桑の葉を食べて絹の糸を吐ききった蚕が中に入っています。水でふやかしています。

2008_03280122

この繭から細くてしなやかで美しい絹糸ができるのです。写真ではわかり辛いのですが製糸機で下の繭から上の糸巻きにつやつやの絹糸が巻き取られています。

蘇州はシルクロードのまさに基点でした。ここの絹がインド・ペルシャを通り遠くヨーロッパまで、そして東シナ海を越えて日本にも届く様々なテキスタイルデザインの源となるのです。

蘇州は刺繍のふるさとです。布に直接染色する技術は意外に歴史が浅く、古代には色糸を様々に変えて模様を描く刺繍が唯一の表現技法でした。そしてその技術は様々に技法を変えて世界各国に伝わりましたが、まさに芸術品の蘇州の刺繍を現地で見られたのは貴重な経験だったと思います。

刺繍製作中の現場を見せていただきました。上面の手と下面の手が器用に動き両面の模様を描いているところです。これは両面刺繍といって蘇州の特徴的な刺繍の技法で、衝立などを飾るものとして用いられるそうです。

2008_03280101_3

2008_03280102_3

2008_03280104_2

この衝立に張られた刺繍絵は表裏関係なくきれいな模様が描かれていて、その高度な手仕事の技術にはため息がでるほどでした。

2008_03280110_2 

葦原の白鷺を微妙な色使いで表現したもの。絵筆で描いたような・・・・。

2008_03280113

日本に向けて帯も製作されています。一本の帯にびっしりと刺繍で埋められたどれも素晴らしい作品です。

2008_03280112

蘇州の女性は昔から刺繍が出来て一人前と見られたそうで、小さな頃から針を持たされて、年老いるまで刺繍針を手に美しい模様を布に描き続けます。ただ黙々と・・・・。

ここで余談ですが、絹糸を吐ききったあとの蚕は、何と食べてしまうそうです!実物を見たんですが、小さめのカブトムシの幼虫のような黒い色の蚕でした。でももしかしたら、その蚕を食べることでシルクのような美しい肌になれるのかしら、なんて思いました。この絹産業に携わっている女性たちの肌の美しさはそのせいかもしれません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

路上点景~上海その2

蘇州の風物はまだまだありまして、写真を整理しつつ、旅の思い出にひたりつつ、一人で楽しい時間をすごしています。ちょっと予定を変更して、時系列的には順番が狂うのですが、迷ガイドが合流した二日目の夜からの上海の模様を書きます。ふるやのもりさんがまだかまだかと待ちわびてらっしゃるので(笑)。

仕事を終えて上海近郊の某市からバスでやってきた息子と夕食を取りに出かけました。だめよ、高級料理店は。普通の庶民的なものでいいからね!貧乏旅行なのよ!PC買い換えたから予算が少ないのよとうるさい母。息子に従い食べに行ったのは、ほとんどが紛食。麺類ね!(笑)

2008_03280159_2

写真はトンコツラーメン。スープが激ウマ!

メニューはご飯類も豊富でお値段も安い!上海駅前の「味千」というお店です。お店の雰囲気は日本風ですが、経営は中国人。日本のラーメン屋さんはここのラーメンを食べて反省しなさい、というくらいおいしいお店でした。17元(300円!!)から美味しいのが食べられるんですよ。

私はここで今まで生きてきた中で最高に辛いジャジャ麺を食べました。火を噴くかと思うくらい。子どもたちがゲラゲラ笑うんだけど、辛いんだけど・・・・美味しいの!最後まで食べました。写真を撮る余裕もないくらい強烈な辛さでした。食べた後のスープを見たら真っ赤!

中国の食べ物が最低だとか、庶民的なお店には入りたくないとか、そんな風に考える人は問題外ですけれどね。夜店でたこ焼きや焼きそばを普通に食べてるくせに、日本人は何であんなに騒ぐんでしょうね?農薬冷凍ギョウザは論外にしても、体に悪いもの(タバコやお酒、ジャンキーなスナック菓子など)普段からいっぱい摂っているのは日本人も同じでしょうに。

2008_03280179

2008_03280182

息子もその日は上海に泊まり、翌日は上海の町を散策しました。朝からあいにくの雨模様でした。お目当ての外灘(ワイタン)やその対岸の浦東地区の先進的なビル街もご覧の通りです。

2008_03280187_2

迷ツアーガイドさん、地図を確認しつつ、歩くのはどこか怪しげな通りばかり(笑)。

ここはどこなの~~?

 

 

 

2008_03280185

外灘は租界時代の雰囲気が色濃く残る場所で、戦時中、たくさんの様々な立場の日本人(私の祖父母や母も含めて)が闊歩していたのだと思うとひとしきりの思いが沸き起こってきました。息子もそのあたりの事情は知っているので、古い建造物群にぼ~っと見とれながら歩いていました。

2008_03280217

お昼は上海で一番美味しいというショウロンポーのお店。

このお店もすごかったです。狭苦しい店内のテーブルでお皿に山盛りのショウロンポウを家族でつつき合いました。

周りを見回すとそんな風景は当たり前。行儀が悪くても叱られないし気取らずにただ食欲を十分に満たしてくれるところでした。

2008_03280222

娘と息子が何やら相談・・・・。ある場所にDVDショップがあってとんでもない品揃えと安さで客を引き寄せているらしく、映画好きな娘は目が光っています(笑)。

そこ行きた~い、連れてって~と兄貴に頼みこんで連れて行ってもらいました。地下鉄8号線の静安寺駅のそばにそのお店はありました。何と「コ○ー」の商品を堂々と商売しているのです。・・・・(ためいき)。お店の中にも入ってみましたよ。二人が好きな「スラムダンク」のアニメ全巻を見つけたときのうちのバ×兄妹のはしゃぎようったら!!(笑)もう、その後のことは申し上げません。ほにバ×兄妹がっ!!

2008_03280232

静安寺のハデハデな獅子飾り?その向こうに「上海そごう」、ここの地階にスーパーがあって日本の商品がずらり。よく立ち寄るようです。

2008_03280235

2008_03280246_2

地下鉄にも乗りました。1号・2号・8号線があり、まだ新しく広々としています。乗り方はカンタン。行き先を確認して券売機で切符(市内3元、安い!)を買ったら自動改札でホームへ。案内板はわかりやすく表示され、地図があれば上海市内の足としてかなり強い味方になります。

2008_03280238 自動改札は行きは機会の上部の円盤に切符を軽くタッチし、回転棒を回しながら抜けます。出るときは切符を差込口に入れて、また回転棒を回して出ます。さ~、これであなたも上海メトロの達人になれますよ~(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

蘇州めぐり~雲岩寺塔

2008_03280076呉は6代王の闔閭の時代、名臣孫武、伍子胥を擁し当時の超大国楚の首都を奪い滅亡寸前まで追いつめました。しかし新興の越王勾践に攻め込まれ闔閭は重傷を負い、子の夫差に天下の覇権を託し死んでゆきます。夫差はこの場所に闔閭を葬ったところどこからともなく白虎が現れ、墓の上に寝そべったと言う言い伝えがあります。この地が虎丘(Tiger Hill)と呼ばれる所以です。寺の入り口の門は虎の顔、丘の上にある雲岩寺塔がしっぽと見立てられています。父を失った夫差は越への恨みを忘れないよう薪の上に寝て復讐を期した(臥薪)という故事の舞台がここです。父なき後、伍子胥の補佐を受け、会稽山にて勾践を滅亡寸前まで追い詰めた夫差でしたが、勾践が謝罪してきたため命を奪わずに許してしまいます。勾践は夫差の下僕にも等しい生活に耐え、呉に従うふりをして国力を蓄えて復讐を期したという故事が「嘗胆」。そして夫差は匂践の策略にはまり名将伍子胥を失ってしまい、再度蘇州を越に攻め込まれついに呉は紀元前473年に滅びてしまいます。この一連の史実が「臥薪嘗胆」「呉越同舟」「会稽の恥」などと呼ばれ有名です。司馬遷の「史記」、後世その解説本として著された「十八史略」に詳しいこの春秋戦国時代の歴史は人々の関心を惹きつけてやみません。

2008_03280086_2

東洋の斜塔といえばこの雲岩寺塔(虎丘塔)です。創建は6世紀、レンガで出来たこの塔は地盤沈下などで傾き始め土台をコンクリートなどで補強しているものの、倒壊は時間の問題と言うことです。今世紀中、残っているかどうか・・・・。

2008_03280081 千人岩と呼ばれているのが写真下の平たい大きな岩。夫差は父の墓を作ったときに財宝、刀など副葬したのですが、墓が出来上がってから、それらの副葬品が暴かれないように工事に当たったたくさんの人夫たちの命をここで奪ったといいます。罪なき人の命を簡単になきものにしてしまう為政者のエゴの極みですね。

2008_03280078

この井戸は盲目のカンカンという人が耳を済ませて地中の水音をたぐり見つけたものだそうです。カンカン泉といいます。貴重な井戸を掘り当てたカンカンはこの井戸を守っていつの間にか蛙の形をした石になってしまったそうです。

2008_03280079

井戸の横のお花に囲まれた蛙石におばあちゃんが何事か話しかけていました。

2008_03280077_2

門前には昔花嫁さんがお輿入れするときに使った人力車が並んでいました。若い娘さんが通るとしきりに勧めるおじさん。私も~、ってずうずうしいですね~(笑)。たぶん記念写真用で、何十元かとられそうな気がしたのでやめておきました(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

蘇州めぐり~拙政園の不思議なもの

江南地域の寺社や古城は山から採掘してきた奇岩が多く見られます。石を珍重する文化は日本も同じですが、私たちの国では見られないような形の岩石を楽しむことができました。

2008_03280052

この石は拙政園に飾られた鉄石。左側が龍の頭、中ほどが胴体で虎の形、右端が後ろ足になり、伏せたポーズの石です。「龍と虎」、中国では最強のシンボルに見立てられたこの石は、表面は見るからに石なのですが、金属棒などでたたくと、カキ~ンという音が響きます。不思議です。高山の地層の中で長い年月により、何らかの変化が起こったのでしょうか?

このありがたい石は訪れた人によりなでられて、ところどころ光っていました。霊験あらたかに違いありません。やっぱり私もなでなでしました(笑)。

2008_03280056

石畳です。ただの石畳ではありませんよ(笑)。

中国で言うところの経絡を刺激するような小石の配列なので、歩くだけで足つぼマッサージになるというありがたい石畳なのでした。ブーツで歩いていたので効能は得られなかったのですが、試しに裸足になってみたら効きすぎるくらいでした。昔の人は草鞋(わらじ)のようなものを履いていて丁度よかったのかもしれません。それと、ここをハイヒールで歩いたら、足首がグキッ!となって私のように靱帯を怪我してしまうかもしれませんから気をつけましょう(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蘇州めぐり~拙政園

到着翌日、私たちは上海から車で1時間の水郷蘇州へ出かけました。春秋時代、呉の都が置かれた街で、風光明媚を誇るこの地域も年々国内外から訪れる人が多くなっています。 古い史跡がたくさんあり、中でもユネスコ世界遺産に指定された園林(拙政園・留園・網師園、環秀山荘、獅子林などの庭園)2008_03280097_4の美しさで人々を引き寄せています。

世界遺産の一つ、拙政園は、1509年(明王朝)に官僚の王献臣によって造営されました。王献臣は政策の失敗により官僚を追放され、故郷の蘇州に戻りこの庭園を造り閑居しました。愚かなものが政をつかさどるという意味で「拙政園」と名をつけたという説があります。何だかその隠遁的な余生に憧れたりします。

2008_03280063

2008_03280025

面積約5ヘクタールの拙政園は世界遺産に指定された蘇州の庭園の中でも最大の広さを誇り、8年の年月を費やして造られたそうです。

2008_03280026この時期日本では桜が満開となり人々の心を浮き立たせるものですが、中国ではそれほど桜に思い入れが見られません。並木の桜も見かけませんし、この拙政園の池の際で咲いていた桜が思い起こせるくらいなものです。花を愛でるのにも国民性が感じられます。

2008_03280041

拙政園は、東園、中園、西園の三つの部分に大きく分けられます。

2008_03280051

園内で中心的な存在は水で、全体の約5分の3を大小の蓮池が占めています。

2008_03280054

蓮池の周りに東屋、橋、回廊、緑が水面に映って美しい景観を構成します。この池が初夏の頃に蓮の花で埋め尽くされるとそれは言葉に尽くせない美しさなのでしょう。

2008_03280028

中国古典文学名作の「紅楼夢」の舞台はここをモデルとしたということです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »