おしらさま~絹の道筋をたどって
タイトルの「おしらさま」とは私のふるさとでは蚕を守る神様と言われている。養蚕を生業とする家では守り神として篤く信仰を集める神様である。蚕は桑の葉を食べた後、口から柔らかく透き通る美しい糸を吐いて繭を作るとその中で羽化を静かに待つ。古来、その繭の命を頂いて絹糸を作り、身にまとう美しい衣を織り続けてきた女たちにとって「おしらさま」は女性そのものを守る神様でもあったらしい。農閑期、普段は神棚の奥にいる家々のおしらさまを明るい居間に出しお供えをして、近隣の女性たちが宴を楽しむ「おしら遊ばせ」という行事があるそうだ。過酷な農作業の合間、さらに絹に携わる女性をひととき解放させる年中行事である。
絹の文化を伝えたのは中国から渡ってきた秦氏一族であり、西陣の地を揺籃として、日本全国に散ってゆき、養蚕や製糸、染色、そして織物の技術を含む絹文化が各地方に花開くことになる。これらの源はすべて中国の蘇州であり、この春の旅行で訪れた際に私の目に触れたものがなぜか皆懐かしく感じたのはそのせいであるかもしれない。
今、人間国宝の志村ふくみさんの著書を一通り読んでいる最中で、志村さんと感性を一にするなど大変おこがましいとは重々承知ではあるが、この方の著書は私の眠っていたある部分を大いに刺激して止まない。中国からペルシャへの絹の道筋を彼女は「たまゆらの道」と表現している。たまゆら、とは光と光が煌めき交差するさま・・・・。
蘇州で作られるペルシャ絨毯の華やかな模様を思い出す。古代から流入する異文化を丸ごと抱きこみ、その地に生かす中国の懐の深さに感嘆したものだ。息子が言うには、海のシルクロードの起点ともなった杭州や福建にはイスラムの古いモスクがあり、イスラム系民族が住みついて長いらしい。春の旅では蘇州をめぐるのが精一杯だったが、また出かける機会があったら、今度はそのあたりを訪問したいと考えている。
それにしても、志村さんの生きざまはやはり凡人には計り知れない起伏に富んだものである。芝木好子さんのエッセイを読んでいるうちに、小倉遊亀さん、志村ふくみさんという二人の芸術家にふたたび出会えたことは私にとっての一期一会だった。
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