午後のFMを聴きながら
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南沙織の♪潮風のメロディなんですが、歌の上手下手はこの際置いとくことにして(笑)、私にとっての夏のスタンダードな曲です。この歌からイメージする海は騒がしい湘南海岸などではなくて、人影の少ないきれいな砂浜に波が静かに押し寄せているそんな感じです。八戸からJRで南下しながら眺めた北部陸中海岸の風景が思いのほか透明感と明るさに彩られていて何となく「潮風のメロディ」でした(笑)。南沙織の歌では「17歳」は恋も夏もまっただ中のはずむ感じでしたけど、私は夏の終わりにさしかかり、恋の終わりを暗示しているような「潮風のメロディ」の方が好きだったな。あまり、旅行に関係ない話でしたか・・・・(笑)。
久慈市付近の海はリアス式海岸の北縁になり、北上山地が荒々しく海に落ち込む複雑な入り江の海岸線が段々に消えて、なだらかな弧を描く静かな砂浜の風景に和みが感じられます。海の水はどこまでも空の青を映して澄み切っています。
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何だか去年は娘の振袖選びに気合いが入りすぎて、もう着物はカンベン!という気持ちになりかけていました。タンスの肥やしに拍車がかかりつつあるこの頃。昔、お茶を習っていた頃は食事に行ったり、お芝居を見に行くのでも、ちょっとしたお出かけの機会があるとサッと着て出て行ったものでした。今の私ときたら・・・・(笑)。着物の色合わせ・しばり事は洋服にはない感覚だから、忘れてしまいそうになるたびに、虫干しがてらに引っ張り出しては着物の上に帯や小物を置いて色合わせなどしています。
この着物は渋みの利いた金茶色の無地ですが、綸子地に茶屋辻模様の細かな地紋がつややかに浮き上る、「綺麗さび」を感じさせる着物。紋付の着物ではドレスコードの低い刺繍の一つ紋の着物です。この色を着こなせる年代にようやくなりました。
小物でぐっと印象が変わるのが着物の醍醐味です。差し色に朱色の矢羽根模様に組んだ帯締を合わせて若さを少しだけ出してみました。お気に入りの川島の帯はさび朱の葡萄唐草、帯締の鮮やかな朱色より、ひと色錆びた朱色。この帯と帯締は相性がよくて、いつも無意識に選んでいた色合わせです。
南こうせつの「夢一夜」って歌がありましたね。
♪素肌に片袖通しただけで色とりどりに脱ぎ散らかした・・・・
・・・・(略)
着物に触れているときに何となく思い出す歌になりました。
28年前に買ったカセットテープ、まだ聴いています。「夢一夜」はもちろん、かぐや姫解散後のこうせつの代表的な曲がズラリ。中でも「れくいえむ」がとてもよい歌です。阿木曜子の作詞でした。SIDE Aが南こうせつ。
そしてSIDE Bは風・・・・。ベストなのに私の好きな「あの唄はもう唄わないのですか」が入ってないのが玉に傷。
あの頃にどっぷりとはまりこんでしまうテープです・・・・。
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以前、ここの音楽カテゴリで書いたピアニストのグレン・グールドがいよいよ来週のNHK教育テレビ の「知るを楽しむ」(月~木曜日の午後10:25~10:50).に登場します。
これは絶対に見逃せないのでメモ代わりにここに控えておきます。
バッハのゴルトベルグ協奏曲に始まり、そして終わった音楽家の一生を、ほぼ同世代の宮澤淳一氏(青山学院大学准教授)が、どんな風にお話をして下さるか楽しみです。
ポルトガル出身「ファドの女王」と呼ばれたアマリア・ロドリゲス。厚みのある歌声、ほとばしる情感をまるで音符の上にころがすような見事な歌唱力・・・・。
私が彼女の歌声に初めて接したのは、五木寛之原作の小説で映画化された「戒厳令の夜」のラストシーンに流れた「哀しみのフローレンス」という曲。ポルトガルの「ファド」という音楽の何たるかも知らなかった私ですが、アマリアの歌は印象に強く残って忘れられません。
この「戒厳令の夜」、小説はもとより根津甚八が主人公を演じたラジオドラマまでも聴きこむほどのめり込みました。第二次世界大戦中に謀略によって行方がわからなくなった幻の名画をめぐる壮大なミステリーロマン、今は書店では容易に見つからないかもしれません。
そして映画は1980年の初夏に封切られ、確か新宿の映画館だったと思いますが観にいきました。樋口可南子、伊藤孝雄、鶴田浩二らが出演。さらに夏休みの帰省中に、盛岡の映画館で遅れて上映されていたのをまた観に行った私でした。映画全体の感想としては少々小粒な印象を拭えなかったのですが、ラストシーンに流れるアマリアの切ない歌声が最後まで私を客席から立たせなかったことを思い出しています。
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相変わらずの生活をしているようです。ビートルズがお気に入りの模様・・・・。
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Ma jeunesse fout l'camp
Tout au long d'un poème
Et d'une rime à l'autre
Elle va bras ballants
Ma jeunesse fout l'camp
A la morte fontaine
Et les coupeurs d'osier
Moissonnent mes vingt ans
Nous n'irons plus au bois
La chanson du poète
Le refrain de deux sous
Les vers de mirliton
Qu'on chantait en rêvant
Aux garçons de la fête
J'en oublie jusqu'au nom
J'en oublie jusqu'au nom
Nous n'irons plus au bois
Chercher la violette
La pluie tombe aujourd'hui
Qui efface nos pas
Les enfants ont pourtant
Des chansons plein la tête
Mais je ne les sais pas
Mais je ne les sais pas
Ma jeunesse fout l'camp
Sur un air de guitare
Elle sort de moi même
En silence à pas lents
Ma jeunesse fout l'camp
Elle a rompu l'amarre
Elle a dans ses cheveux
Les fleurs de mes vingt ans
Nous n'irons plus au bois
Voici venir l'automne
J'attendrai le printemps
En effeuillant l'ennui
Il ne reviendra plus
Et si mon cœur frissonne
C'est que descend la nuit
C'est que descend la nuit
Nous n'irons plus au bois
Nous n'irons plus ensemble
Ma jeunesse fout l'camp
Au rythme de tes pas
Si tu savais pourtant
Comme elle te ressemble
Mais tu ne le sais pas
Mais tu ne le sais pas
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今日も![]()
月明けにしなくてはならないことをいろいろ思い起こしてみる。
・・・・すごい事になっている。
総務的には年度末。決算末は越したけれど。
あらゆる物事の締め切りが何とたくさんある月なんでしょう・・・・。
ついでに今月はずいぶん休んでばかりのような気がして仕事した日を数えてみる。
・・・・すごい事になっている、私は学生アルバイトか?
渋沢龍子さん(故渋沢龍彦夫人)が若かりし頃、当時まだ恋人だった龍彦氏と旅行に行くために勤めていた会社(某出版社)に有給休暇を願い出たところ(誰と行くかはもちろん伏せて)、上司に却下されたため退社を決めたとの逸話を回想録で読んだことを思い出したりして・・・・あまり関係ないけれど(笑)。
・・・・家に引きこもっていてボ~ッとして考えることじゃないかも・・・・やめとこ~っと。
やっぱり、お花見情報とかおいしいレストラン情報とか・・・・。
楽しいことを考える!!!
ジョージ・ハリスンのアルバム
''ALL THINGS MUST PASS''より
♪My sweet road♪
青い空の下、ハイキングを楽しむような気分で・・・・
2月22日
上野動物園にて
性懲りも無く・・・・カピバラさん登場
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音楽でも演劇でも優れた作品は、古くから語り継がれる神話などを忠実になぞるのは万国共通なのではないかと思います。形は違えども、様々な表現で物語を紡ぎ始めた古代の人々の心のありようは、どんなに世の中が進歩しても心の髄に染み込んで変わることがないと思います。
今熱を入れて観ているドラマにしても、聖書、神話、古典能などをなぞる形がその中に見えたとき、なぜこれほどまでに引き込まれるのか、すべてが納得できるのです。シナリオの素晴らしさを感じています。セリフの一字一句が暗示的で思い切り心をくすぐります。冬のソナタ、観ておくべきです(笑)。
このドラマの連想から、昔、聴いたシベリウスの交響詩「トゥオネラの白鳥」まで思い出してしまいました。佳い作品に出会うとき、引き連れてくるものも大きいのですね。
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今日も雪が降りました。首都圏は私立中・高受験が始まっており、子供たちにはあいにくの天候でした。ベストを尽くせたでしょうか。受験生の親の時代ははるか・・・・遠い目(笑)。いつもの風景は真っ白い雪に包まれていました。
ロシア・ロマンスはロシア詩に影響を受けた歌曲の総称で、古くから庶民に歌い継がれたロシア民謡ともちょっと違いますけれど、よく知られて愛され歌われる曲がたくさんあります。
「百万本のバラ」や「黒い瞳」など。ロシア民謡との境目はあいまいなんですが、寒い季節には寒い国の歌(笑)ということで!「愛は永遠に消えて」(原題・ロマンス)は切ない旋律がしみます。
雪を踏みしめて歩く気分で。転ばないように。(笑)
最近、部署が一緒になった同姓の上司が同じ名字だと混乱するから私のことは名前で○○子さんと呼ぶようになりました。
むふ(笑)。
最初、みんなが呼んでいる「○○(名字)ゴン」でいいですよ、と言ったら、その呼び方は絶対ハズカシイだと・・・・。私の方こそ外で異性から名前で呼ばれるのは何十年ぶり?(爆)、照れるよ~と騒いでいるうちに今はもう慣れてしまいました、あまりに日常的だから。
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図書館で一風変わったガイドブック見つけたので読んでみたら、面白いんだな~、これが。
こんな旅行記をまとめるのも旅が終わった後の楽しみになるのでしょう。
女子のバックパッカー入門の書としても親切丁寧、杉浦さやかさんの「上海を歩こう」は可愛いイラストで楽しめます。こんな感じで軽々と旅を楽しみたくなりました。
各々スケジュールをすり合わせた結果、当初の2月の予定が3月に変更になりました。すこしは暖かくなっているでしょう。
Mariah Carey_Without Youを聴きながら(音鳴ります、注意!!!).Can't live if・・・・のサビのところを一緒にうなってみたりする私。
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粉雪~レミ・オ・ロメンは、冬になると聴きたくなるバラードだね~、と娘と珍しく意見が一致します。
ロミオレモンだとか、ミレオメロンだとか適当な名前を散々間違い狂っては、いつになったら正しい名前を覚えるのかと娘を呆れさせていた私ですけどね~。
何度も聴いたからもう間違えないわよ~!
★~☆~★~☆~★
クリスマスイルミネーションが夜の闇に浮かんで雪も降っていて・・・・美しく飾られたビルの壁を見上げて、寒さも頬に当たる雪の冷たさも忘れて・・・・。
★~☆~★~☆~★
・・・・若いっていいわね~。今じゃ、クリスマスになると何だかわからないけど不機嫌になるオバサン、それは私です。
この前、官製年賀はがきを検品していたときのことです・・・・。
「平成20年元旦」
(今さらながら、ウッソ~、マジ~?)、
「ネズミ年」
(ガ~ン、干支のトップに戻った・・・・もう何周したんだろう?・・・・て、あと一周で、か、か、還暦~~!ヒエ~~!!!)
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EAGLES
LONG ROAD OUT OF EDEN
エデンには遥か遠く・・・・
~ウッドストックにはロックスピリッツがもう失われた~「ホテル・カリフォルニア」にアメリカのヒッピー文化の終焉やポスト・ベトナムをへの思いを込め、しばらく後の1981年一時活動停止後は間歇的に活動を続けていたアメリカンロックの王者イーグルスが久々の本気?オリジナルのフルスタジオ録音アルバム発売の話題です。
今回は2枚組というボリューム、全米では某世界最大小売企業に独占発売権を委ねるソツない商業手腕も功を奏して一週間で100万枚のセールスを記録したそうで、日本でもすでに3万枚近くを売り上げて、リアルタイムで熱くなっていたロックなお父ちゃんたちの郷愁を思いきりかきたてているようです。
還暦を迎えたドン・ヘンリーはアメリカはベトナム以降9.11を経てもっとひどい状態になったと語っています。その楽園エデンにはまだまだ遠いという暗示に富んだメッセージを頭に置きながら聴き込むと、個人的には郷愁はもちろんあるのですが、昨今のアル・ゴアの「不都合な真実」の思想に近いものも感じたりしています。
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近頃BGMに選曲するのは70年代のPOPSを聴くことができるUSENのBF26チャンネル。今月は季節に合わせてしっとりと落ち着いたボーカルと、ビートを抑えたメロディが心地よいラインナップを組んでいます。
このところ懐かしいキャロル・キングの歌が日に何度か流れていて、聴くともなしに耳を傾けている私なのです。息が詰るようなデスクワークをこなす中で、ふっと気持ちが軽くなります、「君の友だち」・・・・。
私の好きな女性ボーカルは歌唱力があって声量が豊かなどっしりとしたものよりは、鼻歌が似合いそうな歌。まるでシフォンの布でくるまれるような優しい歌声。
ツワブキの花に翅を休めるモンシロチョウ。ツワブキは葉っぱも大きく、茎も武骨でがっしりした秋の花、近所のあちこちで咲いています。
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いつもいち早く黄葉するこの木は確かカツラの木だったと思います。近所のお寺の庭で昨年の9月の終わりごろに撮影しました。足元でマロがお座りして私の撮影が終わるのをじっと待っていたのを覚えています。きょう通りかかった時にやはり色づいていて、秋一番乗りを感じました。
☆ ☆ ☆
私の日記の音楽カテゴリでヴィバルディの協奏曲集「四季」を取り上げたかなり以前のものに、Liuさまという方から温かくそしてちょっぴり切なくなるような素敵なメッセージを寄せていただきました。あらためてこの後期バロックの作品が日本人の心象に深く染みこむ名曲であることを再認し、久々にじっくり聴いているのは、イツァーク・パールマンのヴァイオリンと指揮でロンドン・フィル演奏の1976年録音盤です。秋の深まりが待ち遠しくなりますね。
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延期されていた宇宙開発機構と三菱重工業による月探査衛星「かぐや(SERENE)」が本日午前10時半、H2Aロケット13号機で種子島宇宙センターから打ち上げられ、11時過ぎにはロケットからの切離しも成功、無事軌道に乗ったそうです。
秋は名月、古代から月を見上げては物思う季節ですが、今宵から月をめぐる「かぐや」の目は私たちに何を届けてくれるのでしょうか。
月から想起される女性像は、日本のかぐや姫を見ても、ギリシャ神話の女神SERENEも見ても限りなく優美で静謐な雰囲気ですね。どんなに憧れても届かない永遠の理想像・・・・。
凡人の私は月にまつわる曲など聴いてせいぜい心を鎮めるとしましょうか(笑)。
ミシャ・マイスキーのシューベルト名曲集
マイスキーのチェロの静かな調べ、「セレナーデ」(歌曲白鳥より)が収録されています。
これからの季節に・・・・。
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先日、グレン・グールドのピアノソナタについてほんの少しだけ書きましたがすこし補足したくなりました。私の人生の中でクラシックリスナーとしてのピークだった20歳~23歳頃に彼の独創性と破天荒さを、ピアノ演奏における解釈にスポットをあてて特集を組んだのがNHK・FMのクラシックアワーでした。この頃はクラシックコンサートなどは高嶺の花、レコードさえもなかなか買えない貧乏暮らしでしたのでFMのノイズの少ないステレオ放送は本当に有難かったです。
グールド独特の演奏解釈で際立って独創的であるとピックアップされたのが、モーツアルトのピアノソナタ第11番イ長調「トルコ行進曲付き」とベートーベン・ピアノソナタ第14番嬰ヘ短調「月光」だったのです。
モーツアルトのトルコ行進曲は普通はアップテンポで指も絡まるほどの速さで弾く曲なのですが、彼の演奏はゆったりゆったりの一定したリズムで、まるで初級者がレッスンで速さよりもキーミスをしないように気をつけながら弾いているようなそんな印象を受けるくらいゆるゆるとした演奏でした。
対照的に、本来静かにしっとりと感情を込めるような奏法がポピュラーな「月光」はどの楽章もグールドの指がこれでもかというくらいにキーの上を滑る?くらいの超絶した速さでした。当時は普通に弾けばよいのに、という否定的な批評が多かったといいますが、有名な第一楽章を聴いてみると奏法の違いはあっても、この曲が本来持つロマンチシズムやリリシズムを損なわずリスナーを惹き込む魅力に溢れています。特に第三楽章は素晴しいです。
「バッハ弾きのグールド」という定評があるそうですが、今まで聴かなかったバッハのチェンバロ組曲などもグールドで聴いてみようとインターネットで検索しているところです。
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むし暑さを感じる夜です。暦の上では昨日が梅雨入りなのですが、夏のようなもったりとした暑い一日でした。明日は菖蒲の花を見に出かけようと思うのですが、今日のような陽射しだとちょっといやだな~・・・・。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベートーヴェンの表題つきピアノソナタでは「悲愴」「熱情」「月光」をよく三大ピアノソナタと言ったりしますが、私だったら勝手に「テンペスト」「月光」「悲愴」の三つをピックアップします。演奏家の解釈、技術によって全然違う曲調になる独奏曲ですが、好きなプレーヤーも合わせて書いてみます。
シェークスピア劇から想を得た「テンペスト」(嵐)、政略により大公の座を追われ復讐の炎を燃やすプロスペローとその手足となって様々な奇跡を起す妖精アリエルの奇想天外な物語ですが、このピアノソナタもドラマティックな起伏に富んだ旋律に魅力があります。アルフレート・ブレンデル演奏がお気に入りで何度も繰り返し聴いたものでした。中でも第三楽章が好きです。演奏そのものは1970年代後半のものですが、NHKFMのクラシックアワーで流れたのをいつ自分で録音したのかは覚えておりません。相当前だと思います。ブレンデルの弾く音は質実剛健?(笑)、そんな印象でした。
「月光」は最初は無題のソナタとして作曲され、「月光」の表題がついたのはベートーヴェンの死後だったというのはとても有名な話です。第一楽章は夜半に湖の上を静かに渡る月のイメージですね。この曲はグレン・グールドの演奏で聴いていました。とても斬新な解釈で、感情の入れこみを敢えて廃して、するするっとした指運びによるそれまで誰も弾いたことがない「月光」だったと思います。これもクラシックアワーからの録音だったのですが、原盤の録音状態が最悪でさらにそれをカセットに入れたものだから音響状態は推して知るべし(笑)。私が当時持っていたヘッポコなオーディオでは綺麗な音には程遠かったのですが、繰り返しなんども聴き続けていたのでグールドが「月光ソナタ」のスタンダードになってしまった私です。
最後に「悲愴」。派手な導入で惹きこまれてゆく第一楽章、つかみは最高(笑)。でも私は穏やかな安らぎを感じる第二楽章が好きなのです。これは「熱情」と組ませたCDを持っていまして、「熱情」?いまいちピンとこない私は「悲愴」の方ばかり聴いています。日本贔屓のウラディミール・アシュケナージの演奏です。
ロマネスク漂うドイツ音楽の中でも骨格の強いベートーヴェンのソナタはやはり男性ピアニストの演奏がしっくりくるかもなんて思いながら聴いている私でした。
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館内に流れるBGMは普段は有線のJPOPの新着にしているのですが、最近ミョ~なカラオケ演歌風コミックソングが流れるのですよ。「何だこりゃ・・・・」と耳を澄ますと、どうもOLと課長のオフィスでのやりとりを揶揄したような歌詞の内容で、経理のK子ちゃんと(朝の事務所は二人きり~)その歌を聴いてゲラゲラ笑っていました。そうしていたら内線がかかってきて「ね、ね、ね、何で朝から演歌がかかってんの?」店長でした。「いや~、いつものJPOPのチャンネルですよ~、そのうち違う曲に変わりますよ」「や、違うチャンネルに変えてくれ」「そうですか~、店長のリクエストはナンですか?」「演歌以外なら何でもいいから。」
有線の番組表を見ながらいろいろなチャンネルに合わせてみて、そこでまたK子ちゃんと行進曲はうるさいし、環境音楽は事務作業には向かないし眠くなるし、下町にはレゲエやヒップホップは似合わないだろうなどと言っているうちに面倒臭くなり、無難な軽音楽に落ち着きました。
軽音楽と言えば「シバの女王」のメロディ、レーモン・ルフェーブル御大の代表曲ですが、聴きたいな~と思うときにはなかなかオンエアされません。やっぱりあのギター(マンドリンだったっけ?)の滑り出しがしびれますね~。実家にシングルのレコードがあって、ガンガン聴いていました。あの哀愁感漂うリフレイン、何度ギターの練習で爪弾いたことでしょう。映画音楽もこの人の編曲したのが私のスタンダードになっています。「ロミオとジュリエット」「エデンの東」「シェルブールの雨傘」・・・・。
「シバの女王」は聖書に出てくるエチオピアの女王の名前、ソロモン王との物語が有名で、小説、音楽、戯曲に取り上げられることも多い伝説的な美女です。
付け加えると、同じメロディに詩をつけて歌ったのが、アルゼンチンの歌姫グラシェラ・スサーナです。(このシングルもありました、家に・・・・)
♪ぅわ~たすぃは ぅあなた~ぬぉを~ ぅあいぬぉを~ どぅるるるぇい~~♪
私にはそう聴こえました(笑)。正しくは「私はあなたの愛の奴隷・・・・」です。うひょっ!奴隷ですってよ!(笑)。歌詞は所々で日本語文法が変(作詞なかにし礼氏)なんですが、彼女のタンゴ歌手独特の情熱をこもらせるような歌いまわしが当時は受けたようです。
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澄みきった歌声と弾むような明るい曲調に思わず鼻歌も出るというもの。
シルヴイ・バルタンのアルバムの中の「あなたのとりこ」。名曲だと思う。好きな人が多いせいだろう、CMのバックミュージックや、最近では映画「ウォーターボーイズ」で劇中歌になったりで、そのたびに懐かしくてうれしい気分になる。
1960年代の女性フレンチ・ポップといえば、バルタン、アルディ、バーキン。みな、いまだに現役で歌い続けている。しかも年齢を重ねるごとに美しくなっている。ただ憧れるばかり。
家にいて大好きな音楽をかけてお掃除、お洗濯に励むのは私にとってのストレス解消のひとつ。誰にも邪魔されず、好き勝手にあちこち、ちょこちょこ動き回っている。すっきり、さっぱりしたあとで読書で夜更かしをするのだ。
セガレの荷物の残り、書籍類がほとんどだがEMS(航空便)で送る。その中に「スラムダンク」の単行本全巻が入っているのはご愛嬌。それからせんべい・おかきなど。みんなでボリバリ召し上がれ!そして3年間愛用してきた私のデジカメFinePix710も譲る事にした。いっぱい画像を送ってくれ~。これからここで使用する画像は娘のパナソニックLumixで撮影したものになる。はやく使い方に慣れなくちゃ!
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音楽の歴史が始った時から、人は人生の喜び・悲しみ・愛・勇気・落胆など様々な感情を歌に表現してきた・・・・これって人間の持つ素晴しい感性・才能だと思います。世界に音楽というものが存在してくれること、神様に素直に感謝です。
優しく静かな鎮魂歌(レクイエム)を聴くひと時は、大切な人を失ってしまった傷あとが暖かく柔らかい布でそっと包まれるようで心が静まります。
最近では「千の風になって」という曲が話題になっているようですね。私が以前記事にした、スーザン・オズボーンさんの数年前に出したアルバムの中の一曲でもあります。
松たか子さんが7年前に出した曲、「桜の雨、いつか」という歌は、彼女自身がおばあ様を亡くされた時の心情を歌になさったものだそうです。ずっと心に残っている歌です。
桜の雨、いつか 詩・松たか子 (一部引用)
♪永遠の「おやすみ」ささやいて 見上げたこの町の空は青くて
♪桜の雨がふる 夢がいま虹を越えていく
♪あなたは空をゆく 私をひとりのこして
♪ありがとうって言ったら 永遠にさよならになる
♪果てしないこの旅で どこかでいつか会える
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YouTube - je suis moi françoise hardy.
je suis moiという曲はアルディらしさを感じられる一曲。
以前紹介した「もう森へなんか行かない」はもちろん大好き。
アルディは若いころ憧れた大人の女性の一人だった。
ソルボンヌ大学を出てモデルとして活躍し、20代前半で未婚の母となり
一女を育てながら音楽活動を続けた。
彼女の歌を聴くと強がりなくせに、自分の殻に閉じこもり
依怙地だった頃の私を思い出す。
あの頃、彼女の歌ほど私の心を
平静な状態に導いてくれるものは他になかったと思う。
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思いでの曲のひとつに、ボブ・シーガーのAgainst the wind。サイドバーの私の音楽リストにも入れてある。
駒込の私のアパートからからすぐ近くの西ヶ原のアパートに住んでいた友人がいた。彼は現役時、第一志望の国立大を失敗し、滑り止めの私学には入学せずに浪人を選択、志望校の大学のそばにアパートを借りて予備校に通い、2度目の受験シーズンを迎えていた。私立大学はすでに某大学の合格を決めていて、余裕を持ちながら第一志望校に挑んだが、残念ながらまたもや振られてしまった。いろいろ考えて進路を決めた頃ようやく連絡をくれた彼のアパートに友人達となだれ込みお祝いをした。何と朝の寝込みを襲うという、若気の至り。寝起きなのにも関わらずなんだか爽やかな照れたような笑顔を今でも思い出す(もともと涼しげな目元の好青年ではあった)。そんな彼がよく聞いていたのが、Against the wind。アメリカンロックはあまり聞かなかった私だけど、この曲だけは当時カセットに入れて自分の部屋でもよく聞いていた。今でも出だしからサビまでよく覚えている。何となくくじけそうになる気持ちを奮い立たせてくれるような、男気を感じさせるボブ・シーガー。優男(やさおとこ)の彼にしては骨っぽいクラシックなロック・・・・でも、いい歌である。彼はその後、西ヶ原から川崎市に引越し、入学後は音楽サークルに入り女子大生と合コンしまくり・・・・というのは冗談で(笑)、割合真面目な学生生活を送り、今は郷里で家業(工務店)を継いでいるはず。彼のサークルの企画したコンサートは郵便貯金ホール(現メルパルクホール)などよく使っていて呼ばれて出かけたものだ。思い出すのは高橋真梨子のコンサート。当時の私からすると大人っぽく感じられたが今は大好きなボーカリスト。当時はお子ちゃまだったんで、ついていけなかった。
彼の憧れの大学に当時在籍していたのが島田雅彦氏で、在学中に「優しいサヨクのための嬉遊曲」で芥川賞候補になったんだっけ。そちらを合格していたら小説家の友人になれたかもね~とからかったこともあったような気がする。
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♪案山子 さだまさし詞・曲
元気でいるか街にはなれたか友達できたか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る
城跡から見下ろせば蒼く細い河 橋のたもとに造り酒屋のレンガ煙突
この町を綿菓子に染め抜いた雪が消えれば
お前がここを出てから初めての春
手紙が無理なら電話でもいい金頼むのひとことでもいい
お前の笑顔を待ちわびるおふくろに聞かせてやってくれ
元気でいるか町にはなれたか友達できたか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る
山の麓を煙はいて列車が走る 木枯らしが雑木林を転げ落ちてくる
銀色の毛布つけた田んぼにポツリ
置き去られて雪をかぶった案山子がひとり
お前も都会の雪景色の中で丁度あの案山子のように
寂しい思いをしてはいないか 体を壊してはいないか
★
★
この歌を聞くとふるさとの街を思い出す。私の親もこのさださんの表現したような親だった。そして私たち夫婦が今まさにこのような状況である。笑い話のようだが、セガレから電話がかかってくるのはこの詩のように「金頼む」という時。ほとんどメールで済ませて、手紙はたま~に。図体に似合わない可愛い字でラブリーな封書で手紙を書く息子であった(笑)。家にいた頃と違っていたのは、必ず最後に「ありがとう」の一言がついていた事。一緒に住んでいた頃は聞いたことがなかったのに離れて暮らすようになってから、なぜか(笑)。誕生日や母の日など贈り物はもらったことのない母親の私だが、セガレから言われる「ありがとう」だけは、どんな言葉にも勝るものである。この4年間、父母会報とともに大学から送られてきた成績通知書を見直している。専攻以外で取っていた科学史・科学論、博物館学、政治学、生涯学習概論、海運論など4年間の選択ゼミは何だか幕の内風(笑)。おまけにダブルスクールで中国語も習っていた。どうなることかハラハラの一年も無事に過ぎ、卒論も何とか片付けたようだ。これからは「案山子」の詞のような「金たのむ・・・」もなくなってしまうんだな~・・・・。
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When in the Eastern skies, the wondrous star did rise
And filled the night with splendor,
Came birds in joyful throng, to sing their dainty song
In a carol sweet and tender.
Hosanna to the child and to His Mother mild
Full reverently to render.
The kingly eagle came to praise His holy name
In mighty proclamation.
The sparrow then replied
"Tonight is Christmastide A night of jubilation ".
Then robin redbreast sang ,
"Now death has iost it's sting, In Christ our salvation".
The nightingale sang sweet, The Holy Babe to greet,
In Mary's arm's lying.
The cookoo and the quail flew over hill and dale,
In admiration crying.
The barnowl's eyes were dim, such radience blinded him,
And homeword he went flying
小鳥たちのキャロル
東の空に奇跡の星が現れ出で 壮麗な光が夜を包むとき
小鳥たちが喜びに群れをなし 美しい歌をさえずりに訪れた
美しく優しく小鳥たちは歌う 幼子とその慈悲深き母を救いたまえ
幼子の聖なる名を賛美するため鷲が訪れ
主の誕生を世に知らしめ歌う
雀が続ける
「今宵はクリスマス歓喜の夜」
紅い胸のロビンも歌う
「今や死の苦しみは消え失せたキリスト、我らの救い主の手によって」
ナイチンゲールは美しい歌を歌い マリアの腕に眠る聖なる幼子を迎えた
カッコウとウズラは賞賛の声を上げ 丘と谷間を飛び越えてやってきた
メンフクロウは幼子が放つ光にその目をかすめ 東に向かって帰っていった
☆☆☆15世紀からスペイン・カタロニア地方で歌い継がれてきたキャロル。神のお告げを知らせる生きものと喩えられる鳥たちの優しいさえずりのような歌。この冬空の下、哀しみをたたえた瞳と凍える心を持つすべての魂に捧げたい子守歌・・・・。温かく安らいだ眠りに・・・・。
スーザン・オズボーン - アベ・マリア~冬歌集.を聴いた。
湯川れいこ氏は「マリア様の魂の歌声」と評している。ながら族で音楽を聴くことの多い私も思わず手をとめて、天から舞い降りてくる光のような歌声を静かに聴き入っている。
「小鳥たちのキャロル」という曲は心が洗われるようで素晴しい・・・・。目を閉じて何かを祈りたくなる。有線放送で流れていたこの歌のあまりの美しさに、すぐにアルバムを借りて来て聴いている所なのだ。
冬、12月に入ると周囲の喧騒から逃避したい願望が頭をもたげるのか、静謐・荘厳・安寧を感じさせる音を聴きたくなる。私の中ではバッハ、ヘンデル、すこし時代が下ってモーツアルトあたりで、弦楽器や、オルガン・チェンバロなどの古楽器で奏でられる作品がクリスマス近い今頃の定番である。
これはネビル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団演奏の東芝EMIから出している「アンネ・クライネ・ナハトムジーク」というアルバム名であるが、選曲の主題は私から見れば「冬」に違いないと思う。収録曲は他にメンデルスゾーンのスケルツォ・ト短調、パッへルベルのカノン、バッハのアリア(管弦楽組曲№3ニ長調BWV.1068より)、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレ(弦楽四重奏曲№1ニ長調作品1より)などなど・・・・そしてテーマの「そり遊び」である。
この「そり遊び」、聴いた感想は、表現が軽くて誠に申し訳ないが、「可愛い」の一言に尽きるのである。弦楽器の優雅な調べに、要所で鈴の音と馬車の音が響き、なんとも言えず温かい気分になる。
この曲を作った当時のモーツァルトは極貧にあえぎ、一時しのぎの金を得るために書いた作品らしい。そうとは思えぬほどの弾むような明るい気分が満ちている曲である。天才モーツァルトの所以であり、また世に名品を残すアーティストというものはそういうものだろう。
また脱線してしまった。何の話してたんだろう?モーツアルトのそり遊びは可愛いらしい・・・・、そしてバッハのフーガ・トッカータは心が洗われる、私の気持ちを鎮める安定剤である。
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少し前から時差出勤の許可をもらい、早朝から(と言っても8時始業だが)仕事にとりかかっている。このところ主担当以外の雑事に追われていて、集中力の欠かせない予算入力やら、アブノーマルな帳票数値のチェックをするのには落ち着いた時間が欲しいと上司に掛け合ってみたのだ。忙しい朝に今までより一時間早い出勤は正直辛いが、出勤してしまえばこちらのもの。
ひとり事務所でYUSENのBGMをその日の気分で替えてリラックスしながらだが、邪魔が入らないので仕事は進む。そんな時間が二時間ほど経つとまた騒々しい仕事場になるのだ。つくづく透明人間になりたいと思う、後ろ向きの私。
今朝のBGMで流れたテネシー・ワルツが耳に残っている。サックスの奏でる静かでゆったりしたワルツ。1950年代初頭パティ・ページが歌い、日本で江利チエミがカバーした曲で母も大好きな曲だった。私だったら今は鈴木重子のフワリとした甘い声でこの歌を聴きたいと思う。テネシー・ワルツ、好き。
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ブラームスは19世紀半ばのハンガリー動乱の際に出会ったチャールダーシュ(酒場音楽)に魅了され、作曲者不詳のものを編曲したものや、オリジナルを加えてピアノ曲集として次々と発表した。
ジプシー風なチャールダーシュにブラームスの感性を加えた様々な表情を持つこのハンガリー舞曲集は瞬く間に好評を博した。第5番ト短調が最も有名であるが、21曲ある曲集から自分の好きな旋律を見つける楽しみもあるだろう。
私が今聴いているのは、オーケストラ版でクルト・マズア指揮、ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団演奏(1981年9月)のもの。軽快すぎて往々にしてオーケストラが荒く噛み合わない難を時々感じる盤もあるが、このマズア盤は堅実な演奏で丁寧にじっくりと聴かせてくれる点で名演の評判が高い。
秋も深まってきたが、休日はしばらく家に引きこもり(?)、音楽と読書にいそしもうと思う。
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木戸をあけて~家出をする少年がその母に捧げる歌~
作詞・作曲 小椋佳
あなたの後姿に そっと別れを告げてみれば
あなたの髪のあたりに ポッと灯りがさしたような
裏の木戸をあけて ひとり夜に出れば
灯りの消えた街角 足も重くなるけれど
僕の遠い憧れ 遠い旅は捨てられない
許してくれるだろうか 僕の若いわがままを
解ってくれるだろうか 僕の遥かな彷徨(さまよい)を
裏の木戸をあけて いつか疲れ果てて
あなたの甘い胸元へ きっと戻りつくだろう
僕の遠い憧れ 遠い旅の終わる時に
帰るその日までに 僕の胸の中に
語りきれない実りが たとえあなたに見えなくとも
僕の遠い憧れ 遠い旅は捨てられない・・・・
アルバム「彷徨」より
思い続ける強さと、踏み出す勇気さえあれば、「夢」は「夢」でなく必ず現実になる。
「K」へ・・・・いつもあなたを信じています。
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音楽評論をものす方々は数多くいらっしゃるが、毎日新聞の梅津時比古専門編集委員の音楽コラムは、お堅い・難しい・退屈などといった先入観を取り払いつつ、音楽評論に留まらない詩的文学性にあふれている。エッセイとしての面白さもあり、毎日夕刊の文化欄は必ず目を通している。
また、宮沢賢治の音楽世界を評論した「セロ弾きのゴーシュの音楽論」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。セロ弾きのゴーシュ、というとすぐにバッハの無伴奏チェロソナタが頭の中で奏でられる私である・・・・脱線。
きょうはシューベルト最後の歌曲集「白鳥の歌」への誘い(いざない)。「冬の旅」「美しい水車小屋の娘」など歌曲集では最も多くのファンを引きつけているシューベルトである。
「セレナーデ」に歌われる甘い恋の始まりと、恋に破れた男がかつての恋人の家の前に立ち幻影を見る「影法師」。
そこにも人が一人いて 虚空を見つめ 激しい苦痛に組んだ手をよじっている 僕はその顔を見てぞっとする 月が照らし出したのは僕自身の姿なのだ(影法師~レルシュタープの詩)
苦い感傷を含んだ詩と曲調は秋にふさわしい。
「絶望深い”冬の旅”に奥深い橋を懸けた」、梅津さんはそう仰っている。歌曲のコンサートは確