そこにピアノ、そしてギターがあった

_004_thumb 

高校~大学時代、息子はその年頃の男の子なら誰でも触りたくなるギターを、そして娘は中学までピアノを習っていた。私も暇があると指慣らし程度に鍵盤をたたいたりしていた。夫は憧れてても自分で演奏するところまではいかなかったらしい。どっしりとしたヤマハのアップライトピアノは我が家での勤めを終えて3年まえ、親戚の家にもらわれていった。ちょと、さびしいかな。今は息子が置いて行ったギターだけがわが家に残された楽器である。

0904100013_2   

じゃらららん・・・・窓際でギターをいたずらに鳴らしてみた。これは息子のギター。アパートから近い加茂川べりで下手な弾き語りしてたんだろうな(笑)。今はホテル住まいの身なので楽器はご法度。周辺も音を気にせず弾ける場所がなくて泣く泣く置いて行ったもの。土手に行けばいっぱいいる、楽器やってる人。やっぱりあなたのふるさとはいいところ。

そして私も微かに思いだす、自室で、原っぱの果ての川を望むゆるやかな斜面で・・・・好きな歌のコード進行を何度も何度も練習していた日々。夢中になるってあのことだろうか。

♪岬めぐり

♪しおさいの詩

♪さらば青春

♪もう森へなんか行かない

♪精霊流し

思いだしたらキリがなくなりそうだ。すこしウズウズするような気持でながめている・・・・今そこにギターがある。

| | コメント (7)

カザルスホール

土曜日、お茶の稽古が休みの時は何となくすぐに帰宅するのももったいないような気がして、普段出かけられない展覧会やコンサートなどの予定を入れてしまう。きょうはお茶の水のカザルスホールでオルガンコンサートを聴いてから、上野にまわって「おくりびと」をみた。

万物復活を祝す春なのに喜びとも悲しみともつかぬ無常感さえ漂うようなシャイデマンのコラールやバッハのパルティータ・・・・早島万紀子さんの演奏に心が震えるような感動を味わう。

0903210006

国内では室内楽ホールとしては最高峰という定評があり、パブロ・カザルスの名前を冠するにふさわしい素晴らしい施設にも関わらず、来年3月に閉館するという。ホールに付設されたアーレントオルガンも文化財といえるほどの美しさを兼ね備えたもので、実際に演奏を聴いて耳にいつまでも余韻として響くものがある。何とかこのままの状態で残してもらえないものだろうか・・・・。

| | コメント (0)

小鳥たちのキャロル(カタルーニャの民謡)

「小鳥たちのキャロル」はマリア様の歌声と呼ばれたスーザン・オズボーンが美しく歌い上げている。(→過去記事へ)

そしてこの曲はもともとはチェロの神様、パブロ・カザルスの生まれ故郷のスペイン・カタルーニャ地方の古歌で、カザルス自身が「鳥の歌」と題してチェロ独奏曲に仕上げたものである。キリストを祝福する歌であるのに、なぜかこのキャロルは根源的な深い悲しみをたたえている。その悲しみはチェロの響きとともに深々と、そして静かに体の中にしみこんでいつしか慈しみに変わってゆく。

私はカタロニアの古い祝歌(キャロル)「鳥の歌」のメロディでコンサートを締めくくることにしています。・・・・(カザルスの言葉)

カザルスはこの「鳥の歌」に平和への祈りを込めて聴衆たちの前で演奏した。スペイン・フランコ政権下の内乱に巻き込まれるふるさとへの痛切な思いが、彼をして一音楽家に留まらせず、世界中の敬意を集める人道主義者に育て上げた。

0903100034

同じようにミシャ・マイスキーは旧ソ体制下で軟禁・勾留に長い間耐え忍んだ経験を持つチェリストで、音楽を通して平和への願いを実践にうつしている。

小曲を集めたこのアルバムでは、やはり「鳥の歌」をエンディングに持ってきている。

<鳥の歌・白鳥//マイスキー・チェロ名曲集>(グラモフォン1997年盤)

他にシューベルトのセレナーデや五木の子守唄なども選曲されており、静かな午後のひととき心を休めるのにはとても良い。

◇3月12日の日記◇

そろそろ夕食の買い物にでも行こうと身支度をしているところに、母からの電話。Y先生が亡くなられたことを知らせる電話だった。半世紀以上もの間、実家や親戚縁者の多くがあれこれ支えられ、お世話になった方なので、母も話しているうちに涙声になってしまう。母の話を聞いているうち、私も最後にお会いした4年前の、昔とちっとも変わらないY先生の優しく落ち着いた佇まい、いろいろなことを思い返しているうちに、何ともいえない悲しい気持ちになってしまった。春というと、なぜか悲しい別れの思い出が多くて気鬱になってしまうときがある。それでも、母の言いつけどおり、Y先生のことはしっかり心に留めておこうと思う。

心から敬愛するY先生、どうかあの世では釣りや山歩きを存分に楽しんでください。父がお供になるでしょう・・・・(合掌)

| | コメント (0)

♪ First of May ♪

Bee Gee'sの♪First of May♪は「若葉のころ」と訳されて彼らの日本での出世作となった。今はまだ3月でMayには早いけど、春の歌だし、好きな歌なんで書いてしまう(笑)

もともとはこの歌のようなカントリーフォークのような作品が多かったのに、あるとき突然♪Staying Alive♪・・・・サタナバでハジけちゃって、このあたりからちょっと私は引いちゃった(笑)。

「First of May」は春の孤独の中で、寂しげで、頼りなげで、それでもひとり耐えていたころの雰囲気に重なる。春の孤独をいやすために部屋に飾ったのはいつもエニシダやミモザなどの黄色い花の鉢植えだった。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

昭和30年代なかば、まだまだ自宅出産が普通だったころ、私も実家で祖母の腕の中で産声をあげた。助産師制度は明治末期に認可された資格で、産婆、とりあげ婆などという呼び名が一般的ではあるが、誰でもできるものでもなく、長年の助産師としてのキャリアを積んだ女性が信頼を寄せられていたらしい。この昭和30年代は自宅出産と病院出産の割合が徐々に逆転してゆく時代で、私の弟などはもう病院出産だった。つまり、あの家で生を受けた最後の赤ん坊が私である。離れにあった湯屋や、土間にあった竈ではきっとたくさんのお湯が夜通し沸かされたであろう。

桜の花が満開の季節・・・・、が、まだまだ肌寒さが残るころ、私と母と今は亡き祖母と、3人の命が出会った瞬間を思う。

古いものや想いでも用済みと、どんどん忘れられそして捨てられ、記憶の彼方に追いやられてしまっていた。私自身、自分の出生や幼児期のことについてはそれほど人に話したことはなかった。思い出もそうだが、父が趣味でたくさん残してくれた写真など、改めて見返すと、目立たずひっそりと生きてきた人間にも深い物語があったことを教えられる。父がこの世を去る前後のあたりから、私の中でそうした物語が一斉に息を吹き返したようだった。しかも、いったんよみがえった物語は消えるどころか、降りやまぬ雪のごとくどんどん厚く積み重なってゆく。遅ればせながら、この年齢になって初めてようやく自分が何者かわかったような気がする。

昨年、「家と人。」という書籍の中で出会った故三上信夫先生の残された写真には、父が私たち姉弟をレンズで追っかけていたのと同じ空気がたちこめていて、おすましじゃない、ありのままの幼いまっすぐな目に、われながら心を打たれて泣けた。それはきっと私だけが感じているものじゃなく、多くの人が忘れていたもの。忘れたふりをしているもの。読み返すごとに強く訴えてくるものは褪せることはない。

|

♪ Time to Say Goodbye (Con Te Partir) ♪

22日は品川の某ホテルでの企画ディナーに出席。久しぶりに会う川崎・向ヶ丘の叔母(父の弟の奥さん、血のつながりはない)とひととき旬の料理に舌鼓を打ちつつ、おしゃべりを楽しんだ。母よりは8歳年下なだけなのに、行動的で家にじっとしていられない性格。やはりもともと健康で外交的な性格なので年齢を聞いた人は大抵は驚くそうだ。本当に、パワーと元気をまき散らしている(笑)。娘時代は○百合のセーラーを着ていたとは思えないくらい貫禄たっぷりである(笑)。


2009_0222


この会は毎度の如く夫の仕事の関係での招待。総料理長のW氏をはじめとしたこのホテルの和洋中の料理長による春の味覚あふれる一品一品が味わえるとあって、このご時世にもかかわらず会場は満席に近かった。私たちは会場中央のテーブル、香り高いシャンパンから始まったワイン、幸せな気分に酔っていたら、宴のなかほどでサプライズ。


0902220010

ホテルの制服を着た男女2人づつが会場で美声を高らかに響かせてオペラの名曲を歌い始めたのである。この女性はソプラノ。持っていた一輪の真紅の薔薇を叔母に!!すごく喜んでいた、女学生みたいに「ま~、あら~」って(笑)。

そしてこの4人組がステージに上ってのクライマックスはサラ・ブライトマンとアンディ・ボチェッリのあまりにも有名な

♪♪♪Time to Say Goodbye (Con Te Partir)♪♪♪

私も大好き~!!!すご~い、ホテルマン・ホテルウーマンでクラシックポップをこんなに上手に歌えるなんてと感動していたら、何とみなプロのオペラ歌手。ステージ衣装ではなく制服を着て各テーブルでワインなどのおもてなしをしているときに、いきなり音楽が始まり歌いだすという茶目っ気たっぷりの楽しい演出だった。友人が趣味でカンツォーネを歌っていて、コンサートにも誘われてゆくという叔母も大満足、サラ・ブライトマンの歌も教えてあげたらCD買って聴きたいって。

ということで楽しいひとときはあっという間に過ぎて、叔母と私は品川駅でそれぞれ逆方向への帰り道を急いだのであった。

| | コメント (4)

4匹のスピッツ

先日、歯医者さんで診察を待つ間、読んでいたアエラの特集はスピッツ(犬の方じゃない)。ライブハウスでしか聴けなかった彼らが、この1月中旬にさいたまアリーナなどでのライブを行い、大盛況だったらしい。それはそうだろう、結成して20年、いまだにライブハウスのチケットはプラチナ。

同時代の双璧としてはミスチルがいるが、私はスピッツかなぁ。阪神大震災、オウム真理教事件などが続く騒然とした世相の中で、ミスチルは「es」で

♪何が起きても変じゃない、そんな時代さ、覚悟は出来ている♪

とシャウトしていたけど、スピッツは「ロビンソン」で

♪誰もさわれれない二人だけの国、君の手を離さぬように、大きな力で空に浮かべたらルララ宇宙の風に乗る♪

・・・・すでにウチ向きだ(笑)。でも好きなんだな、こっちの方が。1967年生まれの彼らは今はやりの言葉で言えばアラフォー。年下で話題に乗りやすく、一緒に遊べるギリギリの年代だから、草野正宗が作る詩も、すんなり私の胸に届く。

研がない強がり嘘で塗り固めた部屋
抜け出して見上げた夜空
よじれた金網をいつものように飛び越えて
硬い舗道駈けてゆく
似てない僕らは細い糸でつながっている
よくある赤いヤツじゃなく
・・・・・・・
♪夜を駆ける 草野正宗 詩・曲


| | コメント (0)

ショパン夜想曲嬰ハ短調遺作

ようやく読了した辻邦生「樹の声海の声」。

最終章では、ポーランド人と結婚した咲耶が静かで穏やかな愛の生活を手に入れたのも束の間、第二次大戦の火の手が二人に襲いかかる。ナチス・ドイツによる激しい空爆と、ユダヤ人収容地区ゲットーの惨劇・・・・、空襲の下、逃げ惑う咲耶たちが痛々しい。

ワルシャワから幾多の苦難を越えて脱出、イタリア・ナポリ港から出帆する日本への引揚船に乗り込むところでストーリーは終わる。日本へ帰っても、東京空襲などはもう少し先でその後の受難を暗示するエピローグにただ沈黙・・・・。

最終章は以前、映画で見た「戦場のピアニスト」を思い出しながら読んだ。

映画で使われた「夜想曲嬰ハ短調遺作」を久しぶりに聴き込む・・・・。ショパンは大国の狭間で常に揺れ動く祖国を憂い、思想を織り込んだ革命のエチュードなどを残している。

映画での空爆後のワルシャワの廃墟は衝撃的であったが、本を読みながら爆撃の激しさ、ナチスの容赦ない弾圧を追認。

辻邦生が30年前に書いたこの作品は優れた反戦小説である。

| | コメント (0)

ひこうき雲

♪ひこうき雲 詩・荒井由実

白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない、そして舞い上がる

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも若すぎたと ただ思うだけ
けれど しあわせ

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲
空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

Photo

東京から帰省するたびにいろいろな書籍やレコードをお土産に持ってきてくれる末叔父の影響をずいぶんと受けて私は成長した。家にはそんな叔父の置いて行ったLPがいっぱいあって、それもジャンルを問わないものだから、私は片っぱしから聴いて気に入るものを見つけた。まだ無名だった荒井由実のアルバム「ひこうき雲」にも、そんな形で出会い、聴き込むようになった。その頃の同級生にR子という荒井由実が好きな子がいて、アルバムを貸してあげたり、互いの家を行き来するうちに何となく同じ趣味、考え方に魅かれるようになる。普段はそんなに饒舌なタイプではないけれど、何かあると、バ~ンッ!!と効く一言をくれるそんな友人だった。一見、感受性の強く、付き合うのが難しそうなR子だったけど、私にはいつも大人な態度で、同い年なのに姉のような存在だった。早熟だったのかもしれない。同じ女子高に行くものと思っていたが、別の高校になってしまい、それからは疎遠になってしまう。最後にじっくり会ったのは、高校三年の夏休み、クラス会を開いた時。R子は思春期をうまく乗り越えられなかったのかもしれない。悩みぬいた少女時代を過ごして20歳を少し越えたころ、一人暮らしをしていたアパートで一人ぼっちで・・・・、まるでこの詩のように、20年ほどの短い生を駆け抜けていった。

ある年の夏休み、子どもを連れて実家に帰省した時のこと。近くの児童館でミニ縁日の行事があり、子どもたちの手を引いて、地元の子供たちに混ざって、ヨーヨー釣りや金魚すくいで遊んでいたら、R子のお兄さんが自分の子どもを連れて来ていた。小さく会釈をしてこちらを見ている。あの時、この世にはいないR子と、子どもにまとわりつかれ、世話に明け暮れる私をもしかしたら重ねて見ていたかもしれない。今もあの頃のR子の部屋を思い出すことができる。

いつか私が死んだ時にあの世で迎えてくれるR子は少女時代の面影からはるかに遠ざかってしまった私をきちんと見つけてくれるだろうか・・・・。

|

カレッジ・フォークと私のウインター・ソング

よそ様のブログで見かけた「若者たち」という歌に触発されて、ちょっと思いつくままに書いてみました。私の世代のひとつ上かもしれませんが、1960年代後半から1970年代前半のカレッジ・フォーク、そのコアなファンサイトを覗くと、有名どころにまじって、意味不明、あきらかにやる気のなさそうなバンド名が並んでいて結構笑えます。当時はやっぱり圧倒的にGS全盛時代ですから、女の子にキャーキャー騒がれるのは諦めてるゼみたいな(笑)。俺たちは勝手に俺たちの道を行くゼ、みたいな(笑)。

ザ・ブロード・サイド・フォーというバンドが「若者たち」を歌っているのは私でも知っていました。カレッジ・フォークの中の数少ない名曲。「星に祈りを」とかね。そうだ、そうだ、フォーク・クルセダーズを忘れてはいけないですね、最高峰まで行ったバンド。

今、私のipodには何曲かこのジャンルの曲が入っています。中でもフォー・クローバースの「冬物語」、が最高に良くて、この曲は確実に私の泣きのスイッチを押してくれます。私が小学校高学年くらいの時に、浅岡ルリ子と原田芳夫主演で同名のドラマの主題歌でした。7~8年前にWOWOWで何と全編再放送された時は懐かしさでいっぱいになり最初から最後まで見てしまいました。DVD化されないかな~。ストーリーも大人のストイックな純愛、北海道などの美しいロケの映像を多用していて素晴らしいドラマだと思います。同世代でやっぱりTVっ子のふるやのもりさんなら知っているかな~。

0811120020

皇居、大手門のお堀端の「落羽松(らくうしょう)」。沼や池のふちなど湿気を多く含む土壌を好む樹木で名前には松がついていますが、別名沼杉と言って杉の仲間です。気根と言って松ぼっくりのような球形根を枝先につけます。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

「今この一瞬の小さな決意が、自分の運命を変えてゆく」とは、今読んでいる本の中に出てくる主人公の言葉です。私も最近似たようなことを考えていたので強く心に刻まれた言葉です。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

午後のFMを聴きながら

♪モーツアルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調 K595 

17作あるモーツアルトのピアノ協奏曲で彼の最晩年に作曲された曲。

日差しがゆるく傾いてゆく時間、のんびりとした午後によく似合う。

もう秋なんだな~。

924

とは言ってみたものの・・・・。

・・・・静かすぎる。。。

ダメ~!

静かすぎて頭がオカシクなっちゃいそう!

今度の休みは散歩に出よう・・・・。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

音楽を道連れに

私は小ささと軽さが気に入ってipod shuffleを愛用している。アルバム5~6枚分、約60~70曲ほどを随時入れ替えているが、今聴いているのは、小田和正の♪そうかな、ELTの♪Time To Destination、♪everlasting、スピッツの♪三日月ロック、♪CYCLE HIT 1997-2005、チューリップの♪Tulip Best・・・・。iTune Storeからはほとんどダウンロードせず、ツタヤで借りたCDを落とし込んでいる。なので安上がり♪。愛用の頭陀袋(ずだぶくろ)の持ち手に引っ掛けて。ペパーミントグリーン、気に入ってます。私にはこのサイズで十分!

2008_0726

| | コメント (0) | トラックバック (0)

La Campanella

2008_0628_0009a あともうひと息。

このヤマを越えれば・・・・。

がんばれ、私。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

BGMは夢一夜

何だか去年は娘の振袖選びに気合いが入りすぎて、もう着物はカンベン!という気持ちになりかけていました。タンスの肥やしに拍車がかかりつつあるこの頃。昔、お茶を習っていた頃は食事に行ったり、お芝居を見に行くのでも、ちょっとしたお出かけの機会があるとサッと着て出て行ったものでした。今の私ときたら・・・・(笑)。着物の色合わせ・しばり事は洋服にはない感覚だから、忘れてしまいそうになるたびに、虫干しがてらに引っ張り出しては着物の上に帯や小物を置いて色合わせなどしています。

Dscf0155_2

Dscf0168_2

この着物は渋みの利いた金茶色の無地ですが、綸子地に茶屋辻模様の細かな地紋がつややかに浮き上る、「綺麗さび」を感じさせる着物。紋付の着物ではドレスコードの低い刺繍の一つ紋の着物です。この色を着こなせる年代にようやくなりました。

Photo_2

小物でぐっと印象が変わるのが着物の醍醐味です。差し色に朱色の矢羽根模様に組んだ帯締を合わせて若さを少しだけ出してみました。お気に入りの川島の帯はさび朱の葡萄唐草、帯締の鮮やかな朱色より、ひと色錆びた朱色。この帯と帯締は相性がよくて、いつも無意識に選んでいた色合わせです。

南こうせつの「夢一夜」って歌がありましたね。

♪素肌に片袖通しただけで色とりどりに脱ぎ散らかした・・・・

・・・・(略)

着物に触れているときに何となく思い出す歌になりました。

41veud0rnul_ss500_

Dscf0011

28年前に買ったカセットテープ、まだ聴いています。「夢一夜」はもちろん、かぐや姫解散後のこうせつの代表的な曲がズラリ。中でも「れくいえむ」がとてもよい歌です。阿木曜子の作詞でした。SIDE Aが南こうせつ。

Dscf0010

そしてSIDE Bは風・・・・。ベストなのに私の好きな「あの唄はもう唄わないのですか」が入ってないのが玉に傷。

あの頃にどっぷりとはまりこんでしまうテープです・・・・。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

グレン・グールド 鍵盤のエクスタシー

以前、ここの音楽カテゴリで書いたピアニストのグレン・グールドがいよいよ来週のNHK教育テレビ の「知るを楽しむ」(月~木曜日の午後10:25~10:50).に登場します。

これは絶対に見逃せないのでメモ代わりにここに控えておきます。

バッハのゴルトベルグ協奏曲に始まり、そして終わった音楽家の一生を、ほぼ同世代の宮澤淳一氏(青山学院大学准教授)が、どんな風にお話をして下さるか楽しみです。


| | コメント (2)

アマリア・ロドリゲス

41jr3x92g0l_ss500_

ポルトガル出身「ファドの女王」と呼ばれたアマリア・ロドリゲス。厚みのある歌声、ほとばしる情感をまるで音符の上にころがすような見事な歌唱力・・・・。

私が彼女の歌声に初めて接したのは、五木寛之原作の小説で映画化された「戒厳令の夜」のラストシーンに流れた「哀しみのフローレンス」という曲。ポルトガルの「ファド」という音楽の何たるかも知らなかった私ですが、アマリアの歌は印象に強く残って忘れられません。

この「戒厳令の夜」、小説はもとより根津甚八が主人公を演じたラジオドラマまでも聴きこむほどのめり込みました。第二次世界大戦中に謀略によって行方がわからなくなった幻の名画をめぐる壮大なミステリーロマン、今は書店では容易に見つからないかもしれません。

そして映画は1980年の初夏に封切られ、確か新宿の映画館だったと思いますが観にいきました。樋口可南子、伊藤孝雄、鶴田浩二らが出演。さらに夏休みの帰省中に、盛岡の映画館で遅れて上映されていたのをまた観に行った私でした。映画全体の感想としては少々小粒な印象を拭えなかったのですが、ラストシーンに流れるアマリアの切ない歌声が最後まで私を客席から立たせなかったことを思い出しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Abbey Road

Side 1
  1. Come Together
  2. Something (Harrison)
  3. Maxwell's Silver Hammer
  4. Oh! Darling
  5. Octopus's Garden (Starkey)
  6. I Want You (She's So Heavy)
Side 2
  1. Here Comes the Sun (Harrison)
  2. Because
  3. You Never Give Me Your Money
  4. Sun King
  5. Mean Mr. Mustard
  6. Polythene Pam
  7. She Came in Through the Bathroom Window
  8. Golden Slumbers
  9. Carry That Weight
  10. The End
  11. Her Majesty

相変わらずの生活をしているようです。ビートルズがお気に入りの模様・・・・。

続きを読む "Abbey Road"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Ma jeunesse fout l'camp

Ma jeunesse fout l'camp
Tout au long d'un poème
Et d'une rime à l'autre
Elle va bras ballants

Ma jeunesse fout l'camp
A la morte fontaine
Et les coupeurs d'osier
Moissonnent mes vingt ans

60_0007

Nous n'irons plus au bois
La chanson du poète
Le refrain de deux sous
Les vers de mirliton
Qu'on chantait en rêvant
Aux garçons de la fête
J'en oublie jusqu'au nom
J'en oublie jusqu'au nom

Nous n'irons plus au bois
Chercher la violette
La pluie tombe aujourd'hui
Qui efface nos pas
Les enfants ont pourtant
Des chansons plein la tête
Mais je ne les sais pas
Mais je ne les sais pas

60_0004_3

Ma jeunesse fout l'camp
Sur un air de guitare
Elle sort de moi même
En silence à pas lents
Ma jeunesse fout l'camp
Elle a rompu l'amarre
Elle a dans ses cheveux
Les fleurs de mes vingt ans

Nous n'irons plus au bois
Voici venir l'automne
J'attendrai le printemps
En effeuillant l'ennui
Il ne reviendra plus
Et si mon cœur frissonne
C'est que descend la nuit
C'est que descend la nuit


Nous n'irons plus au bois
Nous n'irons plus ensemble
Ma jeunesse fout l'camp
Au rythme de tes pas
Si tu savais pourtant
Comme elle te ressemble

Mais tu ne le sais pas
Mais tu ne le sais pas

| | コメント (2) | トラックバック (0)

開き直りの4日目はジョージ・ハリスン

今日もsun

月明けにしなくてはならないことをいろいろ思い起こしてみる。

・・・・すごい事になっている。

総務的には年度末。決算末は越したけれど。

あらゆる物事の締め切りが何とたくさんある月なんでしょう・・・・。

ついでに今月はずいぶん休んでばかりのような気がして仕事した日を数えてみる。

・・・・すごい事になっている、私は学生アルバイトか?

渋沢龍子さん(故渋沢龍彦夫人)が若かりし頃、当時まだ恋人だった龍彦氏と旅行に行くために勤めていた会社(某出版社)に有給休暇を願い出たところ(誰と行くかはもちろん伏せて)、上司に却下されたため退社を決めたとの逸話を回想録で読んだことを思い出したりして・・・・あまり関係ないけれど(笑)。

・・・・家に引きこもっていてボ~ッとして考えることじゃないかも・・・・やめとこ~っと。

やっぱり、お花見情報とかおいしいレストラン情報とか・・・・。

楽しいことを考える!!!

41dgnd2aj0l__ss500_

ジョージ・ハリスンのアルバム

''ALL THINGS MUST PASS''より

♪My sweet road♪

青い空の下、ハイキングを楽しむような気分で・・・・

Blog2008_0222zoo0081

2月22日sun上野動物園にて

性懲りも無く・・・・カピバラさん登場

| | コメント (4) | トラックバック (0)

シベリウス交響詩「トゥオネラの白鳥」

音楽でも演劇でも優れた作品は、古くから語り継がれる神話などを忠実になぞるのは万国共通なのではないかと思います。形は違えども、様々な表現で物語を紡ぎ始めた古代の人々の心のありようは、どんなに世の中が進歩しても心の髄に染み込んで変わることがないと思います。

今熱を入れて観ているドラマにしても、聖書、神話、古典能などをなぞる形がその中に見えたとき、なぜこれほどまでに引き込まれるのか、すべてが納得できるのです。シナリオの素晴らしさを感じています。セリフの一字一句が暗示的で思い切り心をくすぐります。冬のソナタ、観ておくべきです(笑)。

このドラマの連想から、昔、聴いたシベリウスの交響詩「トゥオネラの白鳥」まで思い出してしまいました。佳い作品に出会うとき、引き連れてくるものも大きいのですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ロシア・ロマンス

今日も雪が降りました。首都圏は私立中・高受験が始まっており、子供たちにはあいにくの天候でした。ベストを尽くせたでしょうか。受験生の親の時代ははるか・・・・遠い目(笑)。いつもの風景は真っ白い雪に包まれていました。

014

ロシア・ロマンスはロシア詩に影響を受けた歌曲の総称で、古くから庶民に歌い継がれたロシア民謡ともちょっと違いますけれど、よく知られて愛され歌われる曲がたくさんあります。

「百万本のバラ」や「黒い瞳」など。ロシア民謡との境目はあいまいなんですが、寒い季節には寒い国の歌(笑)ということで!「愛は永遠に消えて」(原題・ロマンス)は切ない旋律がしみます。

雪を踏みしめて歩く気分で。転ばないように。(笑)

016

最近、部署が一緒になった同姓の上司が同じ名字だと混乱するから私のことは名前で○○子さんと呼ぶようになりました。

むふ(笑)。

最初、みんなが呼んでいる「○○(名字)ゴン」でいいですよ、と言ったら、その呼び方は絶対ハズカシイだと・・・・。私の方こそ外で異性から名前で呼ばれるのは何十年ぶり?(爆)、照れるよ~と騒いでいるうちに今はもう慣れてしまいました、あまりに日常的だから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Mariah Carey~Without Youを聴きながら

004

図書館で一風変わったガイドブック見つけたので読んでみたら、面白いんだな~、これが。

こんな旅行記をまとめるのも旅が終わった後の楽しみになるのでしょう。

女子のバックパッカー入門の書としても親切丁寧、杉浦さやかさんの「上海を歩こう」は可愛いイラストで楽しめます。こんな感じで軽々と旅を楽しみたくなりました。

各々スケジュールをすり合わせた結果、当初の2月の予定が3月に変更になりました。すこしは暖かくなっているでしょう。

Mariah Carey_Without Youを聴きながら(音鳴ります、注意!!!).Can't live if・・・・のサビのところを一緒にうなってみたりする私。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

粉雪舞う季節は・・・・

010粉雪~レミ・オ・ロメンは、冬になると聴きたくなるバラードだね~、と娘と珍しく意見が一致します。

ロミオレモンだとか、ミレオメロンだとか適当な名前を散々間違い狂っては、いつになったら正しい名前を覚えるのかと娘を呆れさせていた私ですけどね~。

何度も聴いたからもう間違えないわよ~!

★~☆~★~☆~★

クリスマスイルミネーションが夜の闇に浮かんで雪も降っていて・・・・美しく飾られたビルの壁を見上げて、寒さも頬に当たる雪の冷たさも忘れて・・・・。

★~☆~★~☆~★

・・・・若いっていいわね~。今じゃ、クリスマスになると何だかわからないけど不機嫌になるオバサン、それは私です。

この前、官製年賀はがきを検品していたときのことです・・・・。

「平成20年元旦」

(今さらながら、ウッソ~、マジ~?)、

「ネズミ年」

(ガ~ン、干支のトップに戻った・・・・もう何周したんだろう?・・・・て、あと一周で、か、か、還暦~~!ヒエ~~!!!)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

WEST COASTの’ならず者たち’

51exkiqgmfl__ss500__2

EAGLES

LONG ROAD OUT OF EDEN

エデンには遥か遠く・・・・

~ウッドストックにはロックスピリッツがもう失われた~「ホテル・カリフォルニア」にアメリカのヒッピー文化の終焉やポスト・ベトナムをへの思いを込め、しばらく後の1981年一時活動停止後は間歇的に活動を続けていたアメリカンロックの王者イーグルスが久々の本気?オリジナルのフルスタジオ録音アルバム発売の話題です。

今回は2枚組というボリューム、全米では某世界最大小売企業に独占発売権を委ねるソツない商業手腕も功を奏して一週間で100万枚のセールスを記録したそうで、日本でもすでに3万枚近くを売り上げて、リアルタイムで熱くなっていたロックなお父ちゃんたちの郷愁を思いきりかきたてているようです。

還暦を迎えたドン・ヘンリーはアメリカはベトナム以降9.11を経てもっとひどい状態になったと語っています。その楽園エデンにはまだまだ遠いという暗示に富んだメッセージを頭に置きながら聴き込むと、個人的には郷愁はもちろんあるのですが、昨今のアル・ゴアの「不都合な真実」の思想に近いものも感じたりしています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

♪君の友だち~キャロル・キング~

近頃BGMに選曲するのは70年代のPOPSを聴くことができるUSENのBF26チャンネル。今月は季節に合わせてしっとりと落ち着いたボーカルと、ビートを抑えたメロディが心地よいラインナップを組んでいます。

このところ懐かしいキャロル・キングの歌が日に何度か流れていて、聴くともなしに耳を傾けている私なのです。息が詰るようなデスクワークをこなす中で、ふっと気持ちが軽くなります、「君の友だち」・・・・。

私の好きな女性ボーカルは歌唱力があって声量が豊かなどっしりとしたものよりは、鼻歌が似合いそうな歌。まるでシフォンの布でくるまれるような優しい歌声。

055ツワブキの花に翅を休めるモンシロチョウ。ツワブキは葉っぱも大きく、茎も武骨でがっしりした秋の花、近所のあちこちで咲いています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Vivaldi ~The Four Seasons~

020いつもいち早く黄葉するこの木は確かカツラの木だったと思います。近所のお寺の庭で昨年の9月の終わりごろに撮影しました。足元でマロがお座りして私の撮影が終わるのをじっと待っていたのを覚えています。きょう通りかかった時にやはり色づいていて、秋一番乗りを感じました。

☆ ☆ ☆

私の日記の音楽カテゴリでヴィバルディの協奏曲集「四季」を取り上げたかなり以前のものに、Liuさまという方から温かくそしてちょっぴり切なくなるような素敵なメッセージを寄せていただきました。あらためてこの後期バロックの作品が日本人の心象に深く染みこむ名曲であることを再認し、久々にじっくり聴いているのは、イツァーク・パールマンのヴァイオリンと指揮でロンドン・フィル演奏の1976年録音盤です。秋の深まりが待ち遠しくなりますね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

月の女神に誘われて

Kgk0709140011_2

延期されていた宇宙開発機構と三菱重工業による月探査衛星「かぐや(SERENE)」が本日午前10時半、H2Aロケット13号機で種子島宇宙センターから打ち上げられ、11時過ぎにはロケットからの切離しも成功、無事軌道に乗ったそうです。

秋は名月、古代から月を見上げては物思う季節ですが、今宵から月をめぐる「かぐや」の目は私たちに何を届けてくれるのでしょうか。

月から想起される女性像は、日本のかぐや姫を見ても、ギリシャ神話の女神SERENEも見ても限りなく優美で静謐な雰囲気ですね。どんなに憧れても届かない永遠の理想像・・・・。

41ypwhkbxgl__ss500_ 

凡人の私は月にまつわる曲など聴いてせいぜい心を鎮めるとしましょうか(笑)。

ミシャ・マイスキーのシューベルト名曲集

マイスキーのチェロの静かな調べ、「セレナーデ」(歌曲白鳥より)が収録されています。

これからの季節に・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グールドについてもう少し

先日、グレン・グールドのピアノソナタについてほんの少しだけ書きましたがすこし補足したくなりました。私の人生の中でクラシックリスナーとしてのピークだった20歳~23歳頃に彼の独創性と破天荒さを、ピアノ演奏における解釈にスポットをあてて特集を組んだのがNHK・FMのクラシックアワーでした。この頃はクラシックコンサートなどは高嶺の花、レコードさえもなかなか買えない貧乏暮らしでしたのでFMのノイズの少ないステレオ放送は本当に有難かったです。

319z1yq54fl__ss500_ グールド独特の演奏解釈で際立って独創的であるとピックアップされたのが、モーツアルトのピアノソナタ第11番イ長調「トルコ行進曲付き」とベートーベン・ピアノソナタ第14番嬰ヘ短調「月光」だったのです。

モーツアルトのトルコ行進曲は普通はアップテンポで指も絡まるほどの速さで弾く曲なのですが、彼の演奏はゆったりゆったりの一定したリズムで、まるで初級者がレッスンで速さよりもキーミスをしないように気をつけながら弾いているようなそんな印象を受けるくらいゆるゆるとした演奏でした。

 

 

41zybattyul__ss500_対照的に、本来静かにしっとりと感情を込めるような奏法がポピュラーな「月光」はどの楽章もグールドの指がこれでもかというくらいにキーの上を滑る?くらいの超絶した速さでした。当時は普通に弾けばよいのに、という否定的な批評が多かったといいますが、有名な第一楽章を聴いてみると奏法の違いはあっても、この曲が本来持つロマンチシズムやリリシズムを損なわずリスナーを惹き込む魅力に溢れています。特に第三楽章は素晴しいです。

「バッハ弾きのグールド」という定評があるそうですが、今まで聴かなかったバッハのチェンバロ組曲などもグールドで聴いてみようとインターネットで検索しているところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ベートーヴェンのPソナタ

むし暑さを感じる夜です。暦の上では昨日が梅雨入りなのですが、夏のようなもったりとした暑い一日でした。明日は菖蒲の花を見に出かけようと思うのですが、今日のような陽射しだとちょっといやだな~・・・・。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ベートーヴェンの表題つきピアノソナタでは「悲愴」「熱情」「月光」をよく三大ピアノソナタと言ったりしますが、私だったら勝手に「テンペスト」「月光」「悲愴」の三つをピックアップします。演奏家の解釈、技術によって全然違う曲調になる独奏曲ですが、好きなプレーヤーも合わせて書いてみます。

シェークスピア劇から想を得た「テンペスト」(嵐)、政略により大公の座を追われ復讐の炎を燃やすプロスペローとその手足となって様々な奇跡を起す妖精アリエルの奇想天外な物語ですが、このピアノソナタもドラマティックな起伏に富んだ旋律に魅力があります。アルフレート・ブレンデル演奏がお気に入りで何度も繰り返し聴いたものでした。中でも第三楽章が好きです。演奏そのものは1970年代後半のものですが、NHKFMのクラシックアワーで流れたのをいつ自分で録音したのかは覚えておりません。相当前だと思います。ブレンデルの弾く音は質実剛健?(笑)、そんな印象でした。

「月光」は最初は無題のソナタとして作曲され、「月光」の表題がついたのはベートーヴェンの死後だったというのはとても有名な話です。第一楽章は夜半に湖の上を静かに渡る月のイメージですね。この曲はグレン・グールドの演奏で聴いていました。とても斬新な解釈で、感情の入れこみを敢えて廃して、するするっとした指運びによるそれまで誰も弾いたことがない「月光」だったと思います。これもクラシックアワーからの録音だったのですが、原盤の録音状態が最悪でさらにそれをカセットに入れたものだから音響状態は推して知るべし(笑)。私が当時持っていたヘッポコなオーディオでは綺麗な音には程遠かったのですが、繰り返しなんども聴き続けていたのでグールドが「月光ソナタ」のスタンダードになってしまった私です。

最後に「悲愴」。派手な導入で惹きこまれてゆく第一楽章、つかみは最高(笑)。でも私は穏やかな安らぎを感じる第二楽章が好きなのです。これは「熱情」と組ませたCDを持っていまして、「熱情」?いまいちピンとこない私は「悲愴」の方ばかり聴いています。日本贔屓のウラディミール・アシュケナージの演奏です。

ロマネスク漂うドイツ音楽の中でも骨格の強いベートーヴェンのソナタはやはり男性ピアニストの演奏がしっくりくるかもなんて思いながら聴いている私でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

♪失われてゆく砂時計

館内に流れるBGMは普段は有線のJPOPの新着にしているのですが、最近ミョ~なカラオケ演歌風コミックソングが流れるのですよ。「何だこりゃ・・・・」と耳を澄ますと、どうもOLと課長のオフィスでのやりとりを揶揄したような歌詞の内容で、経理のK子ちゃんと(朝の事務所は二人きり~)その歌を聴いてゲラゲラ笑っていました。そうしていたら内線がかかってきて「ね、ね、ね、何で朝から演歌がかかってんの?」店長でした。「いや~、いつものJPOPのチャンネルですよ~、そのうち違う曲に変わりますよ」「や、違うチャンネルに変えてくれ」「そうですか~、店長のリクエストはナンですか?」「演歌以外なら何でもいいから。」

有線の番組表を見ながらいろいろなチャンネルに合わせてみて、そこでまたK子ちゃんと行進曲はうるさいし、環境音楽は事務作業には向かないし眠くなるし、下町にはレゲエやヒップホップは似合わないだろうなどと言っているうちに面倒臭くなり、無難な軽音楽に落ち着きました。

軽音楽と言えば「シバの女王」のメロディ、レーモン・ルフェーブル御大の代表曲ですが、聴きたいな~と思うときにはなかなかオンエアされません。やっぱりあのギター(マンドリンだったっけ?)の滑り出しがしびれますね~。実家にシングルのレコードがあって、ガンガン聴いていました。あの哀愁感漂うリフレイン、何度ギターの練習で爪弾いたことでしょう。映画音楽もこの人の編曲したのが私のスタンダードになっています。「ロミオとジュリエット」「エデンの東」「シェルブールの雨傘」・・・・。

「シバの女王」は聖書に出てくるエチオピアの女王の名前、ソロモン王との物語が有名で、小説、音楽、戯曲に取り上げられることも多い伝説的な美女です。

付け加えると、同じメロディに詩をつけて歌ったのが、アルゼンチンの歌姫グラシェラ・スサーナです。(このシングルもありました、家に・・・・)

♪ぅわ~たすぃは ぅあなた~ぬぉを~ ぅあいぬぉを~ どぅるるるぇい~~♪

私にはそう聴こえました(笑)。正しくは「私はあなたの愛の奴隷・・・・」です。うひょっ!奴隷ですってよ!(笑)。歌詞は所々で日本語文法が変(作詞なかにし礼氏)なんですが、彼女のタンゴ歌手独特の情熱をこもらせるような歌いまわしが当時は受けたようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

晴れた空にこだまする

澄みきった歌声と弾むような明るい曲調に思わず鼻歌も出るというもの。

Photo_87シルヴイ・バルタンのアルバムの中の「あなたのとりこ」。名曲だと思う。好きな人が多いせいだろう、CMのバックミュージックや、最近では映画「ウォーターボーイズ」で劇中歌になったりで、そのたびに懐かしくてうれしい気分になる。

1960年代の女性フレンチ・ポップといえば、バルタン、アルディ、バーキン。みな、いまだに現役で歌い続けている。しかも年齢を重ねるごとに美しくなっている。ただ憧れるばかり。

家にいて大好きな音楽をかけてお掃除、お洗濯に励むのは私にとってのストレス解消のひとつ。誰にも邪魔されず、好き勝手にあちこち、ちょこちょこ動き回っている。すっきり、さっぱりしたあとで読書で夜更かしをするのだ。

セガレの荷物の残り、書籍類がほとんどだがEMS(航空便)で送る。その中に「スラムダンク」の単行本全巻が入っているのはご愛嬌。それからせんべい・おかきなど。みんなでボリバリ召し上がれ!そして3年間愛用してきた私のデジカメFinePix710も譲る事にした。いっぱい画像を送ってくれ~。これからここで使用する画像は娘のパナソニックLumixで撮影したものになる。はやく使い方に慣れなくちゃ!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

鎮魂歌~レクイエム

音楽の歴史が始った時から、人は人生の喜び・悲しみ・愛・勇気・落胆など様々な感情を歌に表現してきた・・・・これって人間の持つ素晴しい感性・才能だと思います。世界に音楽というものが存在してくれること、神様に素直に感謝です。

優しく静かな鎮魂歌(レクイエム)を聴くひと時は、大切な人を失ってしまった傷あとが暖かく柔らかい布でそっと包まれるようで心が静まります。

最近では「千の風になって」という曲が話題になっているようですね。私が以前記事にした、スーザン・オズボーンさんの数年前に出したアルバムの中の一曲でもあります。

松たか子さんが7年前に出した曲、「桜の雨、いつか」という歌は、彼女自身がおばあ様を亡くされた時の心情を歌になさったものだそうです。ずっと心に残っている歌です。

桜の雨、いつか 詩・松たか子 (一部引用)

♪永遠の「おやすみ」ささやいて 見上げたこの町の空は青くて

♪桜の雨がふる 夢がいま虹を越えていく

♪あなたは空をゆく 私をひとりのこして

♪ありがとうって言ったら 永遠にさよならになる

♪果てしないこの旅で どこかでいつか会える

| | コメント (2) | トラックバック (0)

je suis moi françoise hardy

YouTube - je suis moi françoise hardy.

je suis moiという曲はアルディらしさを感じられる一曲。

以前紹介した「もう森へなんか行かない」はもちろん大好き。

アルディは若いころ憧れた大人の女性の一人だった。

ソルボンヌ大学を出てモデルとして活躍し、20代前半で未婚の母となり

一女を育てながら音楽活動を続けた。

彼女の歌を聴くと強がりなくせに、自分の殻に閉じこもり

依怙地だった頃の私を思い出す。

あの頃、彼女の歌ほど私の心を

平静な状態に導いてくれるものは他になかったと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Against the wind

思いでの曲のひとつに、ボブ・シーガーのAgainst the wind。サイドバーの私の音楽リストにも入れてある。

駒込の私のアパートからからすぐ近くの西ヶ原のアパートに住んでいた友人がいた。彼は現役時、第一志望の国立大を失敗し、滑り止めの私学には入学せずに浪人を選択、志望校の大学のそばにアパートを借りて予備校に通い、2度目の受験シーズンを迎えていた。私立大学はすでに某大学の合格を決めていて、余裕を持ちながら第一志望校に挑んだが、残念ながらまたもや振られてしまった。いろいろ考えて進路を決めた頃ようやく連絡をくれた彼のアパートに友人達となだれ込みお祝いをした。何と朝の寝込みを襲うという、若気の至り。寝起きなのにも関わらずなんだか爽やかな照れたような笑顔を今でも思い出す(もともと涼しげな目元の好青年ではあった)。そんな彼がよく聞いていたのが、Against the wind。アメリカンロックはあまり聞かなかった私だけど、この曲だけは当時カセットに入れて自分の部屋でもよく聞いていた。今でも出だしからサビまでよく覚えている。何となくくじけそうになる気持ちを奮い立たせてくれるような、男気を感じさせるボブ・シーガー。優男(やさおとこ)の彼にしては骨っぽいクラシックなロック・・・・でも、いい歌である。彼はその後、西ヶ原から川崎市に引越し、入学後は音楽サークルに入り女子大生と合コンしまくり・・・・というのは冗談で(笑)、割合真面目な学生生活を送り、今は郷里で家業(工務店)を継いでいるはず。彼のサークルの企画したコンサートは郵便貯金ホール(現メルパルクホール)などよく使っていて呼ばれて出かけたものだ。思い出すのは高橋真梨子のコンサート。当時の私からすると大人っぽく感じられたが今は大好きなボーカリスト。当時はお子ちゃまだったんで、ついていけなかった。

彼の憧れの大学に当時在籍していたのが島田雅彦氏で、在学中に「優しいサヨクのための嬉遊曲」で芥川賞候補になったんだっけ。そちらを合格していたら小説家の友人になれたかもね~とからかったこともあったような気がする。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

手紙が無理なら・・・・

♪案山子 さだまさし詞・曲

元気でいるか街にはなれたか友達できたか

寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る

城跡から見下ろせば蒼く細い河 橋のたもとに造り酒屋のレンガ煙突

この町を綿菓子に染め抜いた雪が消えれば

お前がここを出てから初めての春

手紙が無理なら電話でもいい金頼むのひとことでもいい

お前の笑顔を待ちわびるおふくろに聞かせてやってくれ

元気でいるか町にはなれたか友達できたか

寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る

山の麓を煙はいて列車が走る 木枯らしが雑木林を転げ落ちてくる

銀色の毛布つけた田んぼにポツリ

置き去られて雪をかぶった案山子がひとり

お前も都会の雪景色の中で丁度あの案山子のように

寂しい思いをしてはいないか 体を壊してはいないか

この歌を聞くとふるさとの街を思い出す。私の親もこのさださんの表現したような親だった。そして私たち夫婦が今まさにこのような状況である。笑い話のようだが、セガレから電話がかかってくるのはこの詩のように「金頼む」という時。ほとんどメールで済ませて、手紙はたま~に。図体に似合わない可愛い字でラブリーな封書で手紙を書く息子であった(笑)。家にいた頃と違っていたのは、必ず最後に「ありがとう」の一言がついていた事。一緒に住んでいた頃は聞いたことがなかったのに離れて暮らすようになってから、なぜか(笑)。誕生日や母の日など贈り物はもらったことのない母親の私だが、セガレから言われる「ありがとう」だけは、どんな言葉にも勝るものである。この4年間、父母会報とともに大学から送られてきた成績通知書を見直している。専攻以外で取っていた科学史・科学論、博物館学、政治学、生涯学習概論、海運論など4年間の選択ゼミは何だか幕の内風(笑)。おまけにダブルスクールで中国語も習っていた。どうなることかハラハラの一年も無事に過ぎ、卒論も何とか片付けたようだ。これからは「案山子」の詞のような「金たのむ・・・」もなくなってしまうんだな~・・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Carol Of The Birds

When in the Eastern skies, the wondrous star did rise

And filled the night with splendor,

Came birds in joyful throng, to sing their dainty song

In a carol sweet and tender.

Hosanna to the child and to His Mother mild

Full reverently to render.

The kingly eagle came to praise His holy name

In mighty proclamation.

The sparrow then replied

"Tonight is Christmastide A night of jubilation ".

Then robin redbreast sang ,

"Now death has iost it's sting, In Christ our salvation".

The nightingale sang sweet, The Holy Babe to greet,

In Mary's arm's lying.

The cookoo and the quail flew over hill and dale,

In admiration crying.

The barnowl's eyes were dim, such radience blinded him,

And homeword he went flying

♪小鳥たちのキャロル

東の空に奇跡の星が現れ出で 壮麗な光が夜を包むとき

小鳥たちが喜びに群れをなし 美しい歌をさえずりに訪れた

美しく優しく小鳥たちは歌う 幼子とその慈悲深き母を救いたまえ

幼子の聖なる名を賛美するため鷲が訪れ

主の誕生を世に知らしめ歌う

雀が続ける

「今宵はクリスマス歓喜の夜」

紅い胸のコマドリも歌う

「今や死の苦しみは消え失せたキリスト、我らの救い主の手によって」

ナイチンゲールは美しい歌を歌い マリアの腕に眠る聖なる幼子を迎えた

カッコウとウズラは賞賛の声を上げ 丘と谷間を飛び越えてやってきた

メンフクロウは幼子が放つ光にその目をかすめ 東に向かって帰っていった

☆☆☆15世紀からスペイン・カタロニア地方で歌い継がれてきたキャロル。偉大なるチェリスト、パブロ・カザルスが愛する故郷の祝歌である。神のお告げを知らせる生きものと喩えられる鳥たちの優しいさえずりのような歌。 この冬空の下、哀しみをたたえた瞳と凍える心を持つすべての魂に捧げたい子守歌・・・・。温かく安らいだ眠りに・・・・。

| | コメント (0)

小鳥たちのキャロル スーザン・オズボーン

_156_3これは昨冬撮影したユリカモメの画像。

スーザン・オズボーン - アベ・マリア~冬歌集.を聴いた。

湯川れいこ氏は「マリア様の魂の歌声」と評している。ながら族で音楽を聴くことの多い私も思わず手をとめて、天から舞い降りてくる光のような歌声を静かに聴き入っている。

「小鳥たちのキャロル」という曲は心が洗われるようで素晴しい・・・・。目を閉じて何かを祈りたくなる。有線放送で流れていたこの歌のあまりの美しさに、すぐにアルバムを借りて来て聴いている所なのだ。

| | コメント (2)

モーツァルト:そり遊び(「三つのドイツ舞曲K.605」より)

Photo_28 

 

 

 

 

 

冬、12月に入ると周囲の喧騒から逃避したい願望が頭をもたげるのか、静謐・荘厳・安寧を感じさせる音を聴きたくなる。私の中ではバッハ、ヘンデル、すこし時代が下ってモーツアルトあたりで、弦楽器や、オルガン・チェンバロなどの古楽器で奏でられる作品がクリスマス近い今頃の定番である。

これはネビル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団演奏の東芝EMIから出している「アンネ・クライネ・ナハトムジーク」というアルバム名であるが、選曲の主題は私から見れば「冬」に違いないと思う。収録曲は他にメンデルスゾーンのスケルツォ・ト短調、パッへルベルのカノン、バッハのアリア(管弦楽組曲№3ニ長調BWV.1068より)、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレ(弦楽四重奏曲№1ニ長調作品1より)などなど・・・・そしてテーマの「そり遊び」である。

この「そり遊び」、聴いた感想は、表現が軽くて誠に申し訳ないが、「可愛い」の一言に尽きるのである。弦楽器の優雅な調べに、要所で鈴の音と馬車の音が響き、なんとも言えず温かい気分になる。

この曲を作った当時のモーツァルトは極貧にあえぎ、一時しのぎの金を得るために書いた作品らしい。そうとは思えぬほどの弾むような明るい気分が満ちている曲である。天才モーツァルトの所以であり、また世に名品を残すアーティストというものはそういうものだろう。

また脱線してしまった。何の話してたんだろう?モーツアルトのそり遊びは可愛いらしい・・・・、そしてバッハのフーガ・トッカータは心が洗われる、私の気持ちを鎮める安定剤である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

テネシー・ワルツ

少し前から時差出勤の許可をもらい、早朝から(と言っても8時始業だが)仕事にとりかかっている。このところ主担当以外の雑事に追われていて、集中力の欠かせない予算入力やら、アブノーマルな帳票数値のチェックをするのには落ち着いた時間が欲しいと上司に掛け合ってみたのだ。忙しい朝に今までより一時間早い出勤は正直辛いが、出勤してしまえばこちらのもの。

ひとり事務所でYUSENのBGMをその日の気分で替えてリラックスしながらだが、邪魔が入らないので仕事は進む。そんな時間が二時間ほど経つとまた騒々しい仕事場になるのだ。つくづく透明人間になりたいと思う、後ろ向きの私。

今朝のBGMで流れたテネシー・ワルツが耳に残っている。サックスの奏でる静かでゆったりしたワルツ。1950年代初頭パティ・ページが歌い、日本で江利チエミがカバーした曲で母も大好きな曲だった。私だったら今は鈴木重子のフワリとした甘い声でこの歌を聴きたいと思う。テネシー・ワルツ、好き。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ブラームス ハンガリー舞曲集

_017_2 

ブラームスは19世紀半ばのハンガリー動乱の際に出会ったチャールダーシュ(酒場音楽)に魅了され、作曲者不詳のものを編曲したものや、オリジナルを加えてピアノ曲集として次々と発表した。

ジプシー風なチャールダーシュにブラームスの感性を加えた様々な表情を持つこのハンガリー舞曲集は瞬く間に好評を博した。第5番ト短調が最も有名であるが、21曲ある曲集から自分の好きな旋律を見つける楽しみもあるだろう。

私が今聴いているのは、オーケストラ版でクルト・マズア指揮、ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団演奏(1981年9月)のもの。軽快すぎて往々にしてオーケストラが荒く噛み合わない難を時々感じる盤もあるが、このマズア盤は堅実な演奏で丁寧にじっくりと聴かせてくれる点で名演の評判が高い。

秋も深まってきたが、休日はしばらく家に引きこもり(?)、音楽と読書にいそしもうと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

再び、小椋佳

木戸をあけて~家出をする少年がその母に捧げる歌~

作詞・作曲 小椋佳

あなたの後姿に そっと別れを告げてみれば

あなたの髪のあたりに ポッと灯りがさしたような

裏の木戸をあけて ひとり夜に出れば

灯りの消えた街角 足も重くなるけれど

僕の遠い憧れ 遠い旅は捨てられない

許してくれるだろうか 僕の若いわがままを

解ってくれるだろうか 僕の遥かな彷徨(さまよい)を

裏の木戸をあけて いつか疲れ果てて

あなたの甘い胸元へ きっと戻りつくだろう

僕の遠い憧れ 遠い旅の終わる時に

帰るその日までに 僕の胸の中に

語りきれない実りが たとえあなたに見えなくとも

僕の遠い憧れ 遠い旅は捨てられない・・・・

アルバム「彷徨」より

_075

思い続ける強さと、踏み出す勇気さえあれば、「夢」は「夢」でなく必ず現実になる。

「K」へ・・・・いつもあなたを信じています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

コンサートを読む

音楽評論をものす方々は数多くいらっしゃるが、毎日新聞の梅津時比古専門編集委員の音楽コラムは、お堅い・難しい・退屈などといった先入観を取り払いつつ、音楽評論に留まらない詩的文学性にあふれている。エッセイとしての面白さもあり、毎日夕刊の文化欄は必ず目を通している。

また、宮沢賢治の音楽世界を評論した「セロ弾きのゴーシュの音楽論」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。セロ弾きのゴーシュ、というとすぐにバッハの無伴奏チェロソナタが頭の中で奏でられる私である・・・・脱線。

きょうはシューベルト最後の歌曲集「白鳥の歌」への誘い(いざない)。「冬の旅」「美しい水車小屋の娘」など歌曲集では最も多くのファンを引きつけているシューベルトである。

「セレナーデ」に歌われる甘い恋の始まりと、恋に破れた男がかつての恋人の家の前に立ち幻影を見る「影法師」。

そこにも人が一人いて 虚空を見つめ 激しい苦痛に組んだ手をよじっている 僕はその顔を見てぞっとする 月が照らし出したのは僕自身の姿なのだ(影法師~レルシュタープの詩)

苦い感傷を含んだ詩と曲調は秋にふさわしい。

「絶望深い”冬の旅”に奥深い橋を懸けた」、梅津さんはそう仰っている。歌曲のコンサートは確かに難しい。深くその世界を解読する能力がないと、それぞれの歌が空中を浮遊し聴き手に何も伝わって来ないことが多いからである。梅津さんはシュトゥッツマンの詩の解釈力、構成力、そして深く響くアルトの歌唱を絶賛している。・・・・むむむ、さすがである。ただのクラシックリスナーに過ぎない凡人の私には、こんなストーリーを作ってくださる方がいないと、入っていくにはキビシ~。これからも頼りの梅津さんである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調

北欧出身の音楽家と言えば、フィンランドのシベリウス(フィンランデイアなどの交響曲が有名)のほかに忘れてはならないのが、ノルウェイのグリーグでしょう。バイオリンソナタなどの抒情性の高い小品など数多く残しています。交響曲などの大作を世に出したシベリウスが尊敬して止まなかったというグリーグです。

作品の中では、ピアノ協奏曲イ短調が最も多くの人々に愛される作品でしょうか。北国生まれの私は、音楽でも北の風土を感じられる楽曲に魅かれます。この作品も第一楽章の派手なピアノの導入部があまりに有名ですが、第三楽章のアップテンポで切れのいいオーケストラとピアノの掛け合いもホレボレするくらい素晴らしいと思います。秋の訪れを待ちながら、北欧の空気を感じるクラシックで夜更かしするのがこれからの楽しみ。

続きを読む "グリーグ ピアノ協奏曲イ短調"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

元気回復!

_043_2

 

 

 

 

 

優しいバラードで聴かせてくれる、Over The Rainbow~虹の彼方に。

思い出すのはあの場所で、低く奏でられる音色に、ただ時間の経つのも忘れていた。ささやきと笑い声、頬杖ついて窓の外、いつまでも、いつまでも、眺めていたかった。

_046_1

 

 

 

 

 

陽気なスイングに体を揺すぶり、踊りだす、かつてのおに~さん、おね~さん、いつまでも元気でいてください。夏を送るかのようなバンジョーの哀愁たっぷりの音もステキだった。仕事帰りの姿も目につくジャズフェスでしたが、何より年輩の方々のお元気さに、明るい気分になった夜だった。明日からまた頑張ろう!

| | コメント (4)

秋は「のだめ」で笑えるクラシック!

私の大好きなコミックのお話です。ご興味がございましたら、サイドバーのBOOKSHELF「のだめカンタービレ」をクリックしてみてください。

10月からのフジ月9枠でドラマ化です。配役で注目は、超お調子者で合コン大好きなドイツ人のジ~サン、ミルヒー・ホルスタイン、実は世界的指揮者のシュトレーゼマン役に何とあの竹中直人・・・・。そうだわね~、日本人であのキャラを演じられるといったら、彼しかいないかも・・・・。怪演を期待しマ~ス。

漫画で私が大好きなシーン、のだめがマングースの着ぐるみ姿で「ラプソディー・イン・ブルー」をピアニカでソロを吹くシーンや、千秋に留学先で手荒な愛の告白をするのだめの壮絶な場面なども出てくるか気になりマ~ス(←ミルヒ~風?バカ)。のだめは上野樹里、千秋は玉木宏。イイ年こいて~、と笑って許してくださいね~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニューオーリーンズ・ジャズフェスティバル

Jbrunious Photo_10

全国の商工会の婦人部ともいうべき「おかみさん会」が後援し、各地で開催されているジャズフェスです。毎年ご招待を受けていますが、昨年は行けませんでした。おととしのコンサートは、実はジャズライブ初体験でしたが、本場のジャジィーなサウンドを体感できました。ジョン・ブルニアス(トランペット)やトーマス・フィッシャー(クラリネット)らジャズオールスターズ、日本からは外山喜雄とデキシーセインツが参加します。ゆく夏を惜しむように奏でられるステキな音を期待しています。

子どもと一緒に楽しんだのは、ディズニーのジャズメドレー。中でも「星に願いを」。大人だって好きなんだもん♪

| | コメント (0)

さくら貝の唄

Photo_9うるわしき さくら貝ひとつ 去り行ける君に捧げん

この貝は去年(こぞ)の浜辺に われひとり拾いし貝よ

ほのぼのとうす紅染むるは わが燃ゆるさみし血潮よ 

はろばろとかよう香りは 君恋うる胸のさざなみ

ああ なれど わが思いは儚く うつし世の渚に果てぬ

土屋花情 作詞 八洲秀章 作曲~安田祥子さん「歌の贈り物Ⅱ」より

私にとっては、父方の祖父母を偲ぶ唄である。祖父は職業軍人で、故郷に愛する妻子を置き、内地の陸軍部隊を転々とする生活であった。当時の軍人には珍しく、祖母とは恋愛結婚で、家族に優しい祖父であったと聞く。いつもアルバムや仏間の写真でしか会えなかった祖父。戦況が激しくなる中、病に倒れた彼は、横須賀の陸軍病院(現在、市立上町病院)で療養生活を送ることになる。戦中ゆえ、故郷との往来もままならず、家族の温かい看護もなく、心細く辛かったであろうと思う。祖母もまた心配のあまり、引き千切られそうな思いで毎日を送っていたのであろう。ただひとつ、山育ちの祖父が心を慰められたのは、なだらかな坂の向こうに広がる、美しい三浦半島の海岸の眺めではなかったか。

「さくら貝の唄」は、横須賀とは半島の反対側の鎌倉に在住の作曲家の八洲秀章氏が、戦後間もない頃、亡くなった初恋の女性を偲んで作った作品ということである。

戦後の流行り歌なので、歌好きな父母も、そして祖母も口ずさんでいたのだろうか。私の耳に今でも残っていて、私もソラで歌えるのはそのせい?美しいこの歌詞に、死んだ祖父を重ねていたのではと思うと、あまりにも切なくて涙がこぼれ落ちる。祖父のこと、戦争のことを口にすることなどなかった祖母だったが、思えば、私はいつも歌で祖母の悲しみを聞いていたのかもしれない。幼すぎて理解できなかっただけなのだ。

祖父の命日は終戦の日、昭和20年8月15日、戦場で死亡し、死んだ日時がはっきりわからないので、この日を命日にしているのだとずっと思い込んでいた。後に父の妹である叔母から、祖父は療養中に亡くなったのだと聞かされ、8月15日は私にとってそれまでとはまったく違う意味を持つ事になる。なぜ8月15日?ある疑念に胸をふたがれ、祖母にどうしても確かめたい気持ちがあったが、聞く勇気がなかった。戦地にあっても、内地にあっても兵士達を無為な死に追いやった、悪名高き戦陣訓、「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪科の汚名を残す事なかれ」、という一節、そして当時の軍首脳部は憎んでも憎みきれない。ただ戦時国家の異常な集団心理のなか、戦争をしていたのは兵士だけではない。死んでお国のために、と送り出した多くの国民もまた、心の中に武器をひそめていたのだ、と思うと、一方的な被害者の見地から戦争を語ることは危険であることに気付く。

そんな事を考えていたのかどうか、祖母は辛い気持ちをすべてを胸にしまいこんで26年前に亡くなっている。ふるやのもりさんの戦争にまつわる記事にコメントした時、小説が書けそうなくらいの家族の歴史、と、もったいないお言葉を頂いたが、おそらくあの当時どこの家庭でも起きていた悲劇であると私は思う。若いころ、感じやすくて悩み多いときにそうした家族の歴史に触れてしまったために、強く意識に残る事になったのだ。戦争を「語り継ぐ」と同時に、「知ろう」という努力や意識も今ほど必要な時はないと思う。

わたしにとって、「さくら貝の唄」は、優しい祖父の面影を偲ぶ、美しくて、哀しい歌である。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

高原列車は行く

汽車の窓からハンケチふれば

牧場の乙女が花束投げる

明るい青空 白樺林

山越え 谷越え はるばると(ラララ・・・)

(ラララ・・・)高原列車は(ラララ・・・)行くよ

丘灯至夫・作詞 古関裕而・作曲

父と山歩きなどしていると、鼻歌でいつも聞かされるメロディでした。藤山一郎の歌が大好きで、レコードを聴きながらうたた寝していた父を思い出します。

追記:高原列車は行くを歌った方は、岡本敦郎氏です。

藤山一郎は古くさい歌ばかりと娘のころは思っていましたが、最近その良さを感じられるようになったのは年のせいですかね。中でも「高原列車は行く」はいいですね、明るくて朗らかで。やはり鼻歌で歌っているときがあり、刷り込まれているなと苦笑い・・・・。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

眠れぬ夜のノクターン

B00005egw701日中から降り続いた雨がまだ止みません。静かな夜です。聴いているのはショパンの雨だれ・・・・ではなくて、ノクターン第一番変ロ短調OP9-1、演奏はアルトゥール・ルビンシュタイン。

                               

                                         

この曲が好きで、好きでたまらないんです。旅に出た街角のカフェで、静かに夜が更けていくのを眺めているときには、ぜったいショパンのノクターンが流れていてほしいと思うのです。手当たり次第にブーニンやピリス、小山実稚恵などのアルバムでショパンを聴きまくり、ピアノの旋律につややかさを感じたルビンシュタインのノクターンが今は私の中の名品になりました。

それにしても夜がこんなに静かだったなんて、少し前まで忘れていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

6時のターミナルで

毎日使う駅のホーム、大抵は電車が滑り込むと同時に「間に合った、ラッキー!」と乗り込む私。時に、待ち時間があるとホームで人の流れにぼんやり目を向けながら、何となく思い出している歌はブレッド&バターの「あの頃のまま」。紺色のスーツ姿が5月の空気に溌剌と行き交う、そんな風景の中に立っている私のことを「あの頃のまま」なんて言ってくれる人はもういません。こんな歌を鼻で歌いながら通勤していた頃、夕暮れの駅の雑踏が好きでした。何かあたたかい空気を感じるのは、家路に向かう人々の安堵の思いがあふれているから・・・・ブレ・バタの曲、聴きなおしています。

♪人生の一節まだ卒業したくない僕と

♪たよりない夢なんてとっくに切り捨てた君

♪Oh yourself Oh yourself

♪そらさないでおくれ その瞳を

♪人は自分を生きて行くのだから

~あの頃のまま~ 詞 荒井由実

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飛べない蝙蝠

小椋佳さんは現代の第一級の詩人だというのは多くのファンの意見の一致するところでしょう。小椋さんの歌を聴く事は、小説は読むが詩集はほとんど読まなかった私の代償行為でもあったかもしれません。詩に興味を持つ前に小椋さんの歌に出会ってしまい、寝ても覚めても叔父が帰郷するたびに買ってきて家に置いていった「残された憧憬」「雨」などのアルバムを聴いていました。挫折しそうな寸前で何とか踏みこたえている青年の心の内を、そっとのぞき込むような、兄貴の日記をこっそり読むようなませた妹の気分で小椋さんの歌を聴いていました。(兄貴はいませんでしが)

肩に気まぐれ 風の誘い声

黒い翼でもう一度空飛べと

崖にのぼり

がむしゃらにただ君を呼んだりして

羽ばたいてみようと思うけれど

すぐに気がつくだろう 

空の上から舞い降りる場所もない

~飛べない蝙蝠~「残された憧憬」より

叙情的ながら、どこか切ない諦めさえ漂わす歌の世界にすぐにのめりこみました。他のアルバムの曲「しおさいの詩」や「木戸をあけて」などもそうですね。佐藤春夫の詩にメロディをつけた「海辺の恋」も好きでした。

学校が終わると男の子と一緒になって暗くなるまで駆け回って遊んでいた私が、少しおとなしくなり始めた頃、無意識に幼い子供時代から遠ざかろうとして、少し背伸びをしていたんでしょう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

フォーレの子守歌

Faureガブリエル・フォーレ(1845~1924フランス)、フランスには同時代の作曲家としてドビュッシーがいます。第一次世界大戦のさなか、暗鬱な空気に包まれるパリの芸術サロン、フローベール(ボブァリー夫人など)やツルゲーネフ(初恋など)、ジョルジュ・サンド(ショパンの恋人で有名)など文壇の錚々たる面々が集まる場所での交流が作曲活動に大きく影響したようです。フォーレの室内ソナタはただひたすらにロマンチックで静かな湖水の中に深く沈んで行くような透明な気分になります。

入りやすいのは、子守歌OP.16でしょうか。懐かしさと優しさに包まれる感覚、まさに母の子守歌で眠りに落ちてゆくようです。私の場合、これは心身が少々くたびれ気味の信号。春先は木の芽時とも言いただでさえバランスを崩すことが多いのに、仕事も私事も多忙を極める時期と重なり、何か一つでもポンと投げ出して身軽になりたくなったりします。(小心だからそれも出来ずに余計なものが増えるばかり)心をスリムにしたいな~。

話が脇道にそれました。フォーレの話でした。オーケストラの曲はあまり作らなかった人で一見地味ですが、好きです、そんな所が。フランス人の作品はフランス人のプレーヤーで、という訳ではありませんが、聴いているのはピエール・アモワイヤル(ヴァイオリン)とパスカル・ロジェ(ピアノ)のコンビ、アルバムはFaure' VIOLIN SONATAS 1&2 ANDANNTE・BERCEUSE・ROMANCEです。ロマンスOP27もいいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もう森へなんか行かない

物憂げ、気だるさ、壊れそうなナイーブな雰囲気・・・・そんな自分にないものを補うわけではないけれど、今でも好きなのは60年代から70年代にかけて活躍したフレンチ・ポップのフランソワーズ・アルディです。フランスにはシャンソン”大人の音楽”がありますが、アルディの歌もシャンソンのエッセンスを漂わせています。70年代のヘレン・カーペンターやオリビア・ニュートン・ジョンなどアメリカンポップの明るく澄みきった女性ボーカルも良いのですが、ため息のようなウィスパーボイスのアルディ、仏語のモショモショ聞こえる歌声がすっとなじむように耳に届きます。

「もう森へなんか行かない」を聴くと、実家にあったVictorの家具調の仰々しいステレオがおいてあった洋間や、学生時代のアパートの窓の手摺越しに見下ろした大家さんちの庭の風景が浮かんできます。暗示的な題名も詞の内容もシャンソンの若者バージョンといった趣。ここで「森」というのは「幼・少女期」の比喩で謳われていて、大人の女性になる直前でのそうしたものとの潔い訣別を意味しているのを解ってきたのはつい最近です。遅いですよね・・・・何もかも気付くのが遅すぎます。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

ロドリーゴ アランフェス協奏曲

B00006BGSO あまりに有名なこのギター・コンチェルト、特に第二楽章は耳にされ惹きこまれた方も多い事でしょう。哀愁に満ちた美しい旋律で彩られています。

スペインに生まれた盲目の音楽家ロドリーゴは新婚旅行で美しい離宮と庭園で知られるマドリードの南方のアランフェス地方を訪れており、その思い出とさらにスペイン宮廷華やかなりし時を曲想に取り入れ、この名曲が生まれたそうです(解説より要訳)。

私が今聴いているのは、エラン・セルシェル(ギター)、オルフェウス室内管弦楽団の共演のものです。オルフェウス室内管弦楽団はまだ創立30年足らずの若く優秀なオーケストラで、指揮者を持たない演奏でありながら、アンサンブルの美しさで国際的にも有名であるとの事です。

ギターの繊細な響きはともするとオーケストラの迫力に圧される嫌いがあり、協奏曲は少ないようです。その稀少さも含め、このアランフェス協奏曲はギターの旋律あってこその美しさで長く人々に愛されてきたのでしょうね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

MDコンポがイカレちゃって

使いが荒い部分から駄目になるのでしょうか。6年前購入したKENWOODのMDコンポが調子が悪いです。MDを入れてもペッて吐き出しちゃって・・・・。あらら、ご機嫌斜めだわと思って、しばらくはCDとカセットテープとFMラジオで音楽は聞いていました。そろそろ直っているかな、どうかな~と思い、またMD入れたのですが駄目です~。どうしましょう、新品を買う費用もないし、修理に出すにしても少し我慢です。教育費がトホホな状態ですから。

久しぶりに手持ちのCDや、昔録ったカセットテープを聴きなおしているのですが、昔録音したカセットの方が音質がよかったりするのはナゼでしょう?アシュケナージのピアノ、久しぶりに聞きましたが、同じふるさとを持つラフマニノフなどの作品をプレイさせたらさすがだなと思います。知名度も高く日本びいきで知られ、親しみ易さも加わり好きな演奏家です。

余談ながらこんな歌を何でテープに録ってたの?っていうのもあり、聴きなおしながら、一人でウケまくっています。カラオケで歌うため?長山洋子の「捨てられて」、オーロラ輝子の「夫婦道」などなど演歌の花道状態・・・・いやはや。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

白い道

冬が来ると思い出す、そして口ずさむ歌があります。「白い道」海野洋司・作詞 ビバルディ・作曲で元の曲は皆さんご存知、「四季」の中の「冬」です。ハイファイ・セットと北原ミレイがそれぞれの持ち味を生かしレコード化していました。

♪白い道♪

どこまでも白い一人の冬の道

遠い国のかあさん今日もお話を聞いてください

あれからもう三年過ぎ

この道にまた白い雪サラサラ鳴ります

北国の冬は厳しくつらいけど

かあさんと歩いた道は暖かい思い出だけ

レンゲの春トンボの秋

忘れません声を合わせ歌ったあの歌

いつの日かきっと歩きますひとりで

かあさんの歩いたように風の中も負けないで

いつか春の風が吹けば

歌いましょうあの日の歌ひとりこの道で

| | コメント (4) | トラックバック (0)

バロックの通奏低音

BE9EFB63Lこの2週間ほど聴いていたアルバムです。奏者はアンドレアス・シュタイアー、バッハ、ラインケンのヴァイオリンソナタをチェンバロのために編曲したものです。チェンバロなどの古楽器の音色は大脳をリラックスさせ、アルファ波を放出させる効果があるそうです。(ほんとかいな・・・・)

続きを読む "バロックの通奏低音"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

水辺を奏でる人

トロンボーン(?)を吹く人

_068地上をせかせか走るクルマをよそに

川風を受けてゆったり走る物資輸送船。

水上バスもざわめく地上を遠くに感じ

ゆらりと海まで運んでくれます。

浅草~葛西臨海公園までのコースは

お勧めですよ。

                                                                                                                                                    

オカリナを吹く人

_073空はどこまでも広く優しく

こんな空にずっと抱かれていたいと

ふと思ったワタシでした。

オカリナの音は高い空へと吸い込まれ

風に乗ってどこかへいってしまったようでした。                            

| | コメント (4) | トラックバック (0)

スケーターズ・ワルツ

”フランスのワルツ王”エミール・ワルトトイフェルの代表作、あまりにも有名な曲です。19世紀後半パリ、ブローニュの森の池は、スケートを楽しむ人々の真冬の社交場になっていました。鈴を腰につけて、リズムをとりながらすべる人もいたそうです。

スケートは私も大好きでした。少女時代は自分のスケート靴を持ち、固く結氷した池や沼ですべっていました。学校でも冬の校外スポーツ学習には必ずスケートもスキーもありましたから。屋外の大きなスピードスケートリンクで、山から吹き降ろす冷たい空気を頬で受け止めて、白い息を吐きながら膝がガクガクになるまで、それでも楽しくて滑りまくっていました。上京してからは、やはり冬になると滑りたくてウズウズしてきて、池袋にあった西武系のスケートリンクに通ったものです。ここは屋内で建物もかなり古いリンクでしたが、残念ながら10年以上前に閉館しました。私も、もうスケート靴は履くことはないでしょうが、ウィンタースポーツ観戦はこれからも私の楽しみに変わりはありません。

                 *~*~*~*~*~*~*~*~*~*

昨日の隅田川べりの散歩は、にわかバードウォッチャーに変身しました。ウチの近所です。木に止まっている鳥を真下から撮影しているときは、どうかフンだけは落とさないでね、とお願いしながらシャッターを切っていました。(逆光になってしまいました)

どの鳥の名前も全然わかりません。これから調べなくっちゃ。

_169_170 

_163_156   

| | コメント (8) | トラックバック (1)

スイングガールズ

先日、ビデオ録画しておいた「スイングガールズ」を娘といっしょに見ました。娘はこれを見ると、自分が中学生の時、吹奏楽部で頑張っていた事を思い出すそうです。

中学時代の娘は、女の子が吹きこなすには少しきついテナーサックス(映画ではヒロインの上野樹里が・・・)を吹いていました。映画を見ながら、「映画で見るとおもしろいけれど、ブラスのテナーサックスは苦しかったよ~」とブツブツ・・・・。確かに映画ではみんな軽やかにそれぞれの楽器を楽しんでプレイしていましたが、ジャズとブラスではどこが違うのかワタシにはわかりません。でも、あの頃の娘は、大会前の熱のこもった練習が続くと、耳が痛い、肩が痛いと、まるで運動部の選手みたいでした。「16小節、息継ぎなしで音切れなしで吹くのって、マジ死ぬかと思った・・・・」なんて言いながら。猛練習の甲斐があり、都大会にも出場、練馬文化会館ホールでのその演奏会を見に行きました。やはり、一生懸命演奏する他校の子供たちに、スポーツの試合を見るときと同じような感動をもらい、娘の学校の演奏では、ただただ親バカでウルウルしていました。

その後は内耳管が弱く、サックスを続けるには無理なので管楽器はあきらめてしまいましたが、最近ではまた「違う楽器をやりたい、それも、おとなしい楽器じゃないのがいい」と言っています。う~ん、打楽器なんてどうかしら?子供のころからのクラシックピアノの稽古はやめており、今は気が向くとでたらめな弾き語りをして、私たちを笑わせてくれます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

マルタ・アルゲリッチ来日中

debc14817アルゲリッチの30代後半のころの、豊かな長い黒髪にシックなドレスで、奔放に鍵盤を叩く姿は、ワタシの記憶に鮮やかで今でも消えることはありません。

その彼女も60歳、来日会見では「自分は何かをやりとげたという気持はさらさらない。すべきこと、学ぶべきことが山のようにある。生きている限り、進化していきたい」と語ったそうです。気難し屋さんで、一人で舞台に立つのがはずかしいからと、近年はアンサンブル活動がほとんどでしたが、今回の会見ではソロリサイタルにも意欲をみせている発言をし、期待が高まります。

個人的には、70歳、80歳になっても、現役でがんばってもらいたいです。白髪頭で杖をつきながら登場しても、ひとたび鍵盤を前にしたらあの躍動感あふれる演奏が聞けたらいいな~と、憧れの彼女に一ファンとして願っております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スコットランド交響曲

メンデルスゾーンは19世紀のロマン派時代の音楽家で、ヨーロッパ各地を旅し、その地で感ぜられた風光や自然に大いに創作欲をかきたてられ、地名を冠したシンフォニーを何曲か残しています。ワタシが好きなのは、このスコットランド交響曲で、イギリスの古典楽器バグパイプを思わせる管楽器の音色が印象に残ります。第一楽章は陰鬱な風の吹きすさぶ荒れた丘の風景を感じるロマンチックな旋律に始まります。「嵐が丘」の原風景ともいうべきでしょうか。第二楽章では一転してリズミカルな明るい旋律が躍動するようです。雲間から明るい日差しのさすイメージと勝手に解釈しています。ぜひ、この秋の夜長にゆったりと耳を澄ませて聴いてみてください。

イギリスと言えばイングランド、スコットランド、アイルランドが人種の違いによる激しい国内紛争が過去にあった国でもありましたね。メンデルスゾーンが訪れた時代はまだそんなさなかにあったのでしょう。今でも火種はくすぶっているのでしょうか。ワタシとしてはそんな争いごとよりは、ピーターラビットの森の方が大いに興味がありますが。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

頬濡らすそぼ降る雨の優しさに

3連休最終日の今日は、ワタシは仕事でした。悪天候にも関わらず当初の予想通り客数が跳ね上がり、事務方の人員も総動員した甲斐もあって、久々に活気のある売場が見られました。商人(あきんど)の性分を隠せず、ウキウキしているみんなの顔が微笑ましい一日でした。でも明日は反動でコケルでしょうね~。

              ****************

雨の街を歩くとき、耳元によみがえるフレーズがあります。

Weeping the rain ・・・・

Weeping the rain ・・・・

ブルースに乗せる彼の歌声は

それまで聞いた事のない大人のオトコの声でした。

横浜、本牧、ロジスティックが並ぶ港、米軍兵がたむろするBAR ・・・・

ありったけの想像でバックシーンを思い浮かべながら

背伸びして聞いていた柳ジョージ・・・・

夕闇の雨の街を彼の歌に包まれて歩いていました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

280年ぶりのバッハ

クラシック音楽界の奇跡といわれた、バッハ幻の結婚カンタータの280年ぶりのライブがCDで発売されるそうですね。ピアニストの故原智恵子さんの遺品の中から最近見つかった手書きスコアを元にした復元演奏となると、これはもう聞くしかないでしょう。

バッハが43歳の時、ライプチヒの商人の結婚式を祝い作曲した、「カンタータNo.16満たされたプライセの町よ」が今年3月サントリーホールなどで復元初演されました。スエーデンのソプラノ、リュデーン、ノルウェーのアルト、キーラント、演奏はバッハ・コンチェルティーノ大阪による、このCDは世界で発売されるという計画も持ち上がっており、クラシック界の熱いニュースになっています。

このスコアをなぜ日本人ピアニストである原さんが所有していたのか、というミステリー的な要素もあり、ミーハーなワタシは刺激されています。

(毎日新聞9月28日付夕刊に、より詳しく記事が載っております。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ショパン ワルツOP64 No,2

_004ショパンのワルツは、舞踏会用に作曲されたものと、ワルツ形式を取っているものの純粋にピアノ演奏用に作曲されたものとに分かれます。どんな小さな作品にも詩的なメロディが溢れているのが、ショパンの魅力だと思います。ピアノ発表会などで、ショパンの作品にチャレンジする子がいると、わが子じゃなくても「頑張れ~」と心でエールを送りながら聴いておりました。

ワルツOP64No.1が皆様よくご存知の子犬のワルツです。対照的な短調のこのワルツOP64№2は、憂いのある出だし(Tempo giusto)から始まった後、ピアニスティックに旋回するワルツ(Piu mosso)に華を感じ、中盤、穏やかな風に吹かれ(Piu lento)、最後はまた物憂げな旋律で静かに終わります。写真のスコアはOP64NO.2、無謀にも挑戦したものの、娘共々、撃沈した苦い思い出が・・・・。いつかはリベンジなるでしょうか。

この曲を聴くとショパンの故国、ポーランドの首都ワルシャワの秋の街並がふと思い浮ぶんですよね。え~と、実際に行った事はないですが、あくまでも願望デス。行ってみたいな、よその国~♪デス。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

モーツァルト交響曲第40番第41番「ジュピター」

_003 カール・べーム指揮、ベルリンフィルハーモニーオーケストラで1961年にベルリン・イエスキリスト教会で録音されたアルバムです。まだアナログプレーヤー全盛の頃、学生だったけれど自腹を切り買ったアルバムです。プレーヤーはもうないのに、このアルバムは思い出深く手離せずにいました。

モーツアルトの三大奇蹟と言われる晩年の三つの交響曲のうち、よく知られた40、41番ですが、20数年前クラシックの初心者だったワタシに知人が薦めてくれたのが、べーム指揮のこれだったのです。当時は指揮者というとカラヤンしか知らなかったのですが、べームも名門ウィーンフィルの名誉指揮者を務めるほどですから、カラヤンと共に同時代、世界で双璧を成すお方だったのでしょう。今はなかなか渋いところを薦めて下さったと感謝しております。

このジャケット写真で指揮するべームおじさんは、実直なサラリーマン風のネクタイを締めてタクトを振っています。多分これは演奏会のライブ写真ではなく、録音用に指揮している様子を撮影したものだからでしょう。この容貌からしてべームが、指揮者に転じる前は法学で学位を取ったインテリであることが何となく感じられますよね。1982年、惜しまれつつこの世を去りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ショパン 練習曲OP10の5 黒鍵

ショパンはピアノの詩人と言われるだけあって

コンチェルトのような大作よりもワルツやノクターンのような小品を数多く世に出し

その旋律はクラシックをあまり聴かない方でもどこかで必ず耳にしているはずです。

練習曲「黒鍵」は演奏時間2分にも満たない小品です。

エチュードの中では最も人気のある作品ではないかと思います。

ショパンが何をイメージし、作曲したかは知る由もないのですが

この作品から私が受けたインスピレーションは陽光です。

なぜか雪解けの頃の小川のせせらぎ、水のきらめきが目に浮かぶのです。

初めて耳にしたのがその季節だったからでしょうか。

明るくてほのぼのとしたメロディです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

のだめカンタービレ

「のだめカンタービレ」なるもの、ご存知でしょうか。

クラシック音楽の世界を描いたもので、

迂闊にもワタシは最近までその存在を知らなかったのです。

このほど登場キャラである千秋真一が、

ブラームス交響曲第一番を引っさげてCDデビューを果たすと言う事で話題になっており、

しばらくはワタシの中では「のだめ祭り」が起こりそうです。

本屋さんでも、図書館でも、コミックコーナーは足を運んでいなかった、ずっと。

これだから、あどれなりん・・・じゃなかった、あなどれんのじゃ、コミックは。

体育会テイストで笑えるクラシック・・・かな?

| | コメント (4) | トラックバック (3)

ショパン ピアノ協奏曲第一番

故松田優作の主演映画「野獣死すべし」で、松田演じる冷徹な犯罪者伊達邦彦が傾聴していたショパンのピアノコンチェルト、映画では英晴美さんが見事な演奏を披露しています。

映画を見てから、ショパンのピアノ曲にハマり、FMファンという雑誌の番組欄から目当てのショパンだけをひろって、せっせとエアチェックしていた頃がありました。

当時はNHKFMのクラシックアワーがとてもセンスの良いラインナップを組んでいたように思います。ある時、ようやく待望のピアノ協奏曲一番がオンエアされ、しっかり録音して何度も何度も聴きました。

ピアノはマルタアルゲリッチで、私の記憶に間違いがなければ、クラウディオアッバード指揮ロンドンフィルだったように思いますが、ネットで検索してもこの組み合わせは見つけられないのです。そのテープは何度か引越しを重ねるうちに残念ながら紛失してしまったのですが、個人的にショパンのピアノ協奏曲のスタンダードになっています。テープをなくしてから、違うピアニストやオーケストラでの演奏を聞いたのですが、何か違う?という感じがします。どこかでまた、ふいに出会うかもと期待しているのですが・・・。

ちなみに、巷間、同作品の名演と言われているのが、マルタアルゲリッチとワルシャワフィルハーモニーオーケストラで1965年ショパンコンクールの一位を取ったライブ演奏だそうです。これと取り違えているのかなと思ったりするのですが、誰か、アルゲリッチ・ロンドンフィル・アッバードのショパンを聞いたことのある人いませんか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)