能狂言を観る

集中豪雨により神奈川・静岡方面からの東海道線・湘南ライン・京浜東北線などのJRのダイヤが前日から乱れ、この日の朝もその余波を受けて大幅に乱れ気味・・・・。週初めの出勤ラッシュも重なったことで朝の各駅はうんざりした顔の人々が多かった。

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朝早めに家を出た私は藤沢まで直行し、藤沢から江ノ電に乗り、雨に煙る湘南海岸を眺めながら、目的地の長谷へと向かった。

こんな風にして海を見に来ていた頃があった。真夏のハイ・シーズンではなくてちょっと季節はずれに。

その風景には必ず後を追ってくる歌があって・・・・

「涙のアベニュー」

私の中ではこの歌がサザンの一番。

・・・・って、書いてる自分が気持ちワルっっっ!(笑)。思い出話はこっぱずかしくて、よう出来ませんわっ!

先日の能楽の感想、つたなくまとめてみる。

☆狂言「千鳥」

太郎冠者/山本東次郎、主人/山本則秀、酒屋/山本則俊

酒に目のない主人だが通いの酒屋にはツケが溜まって、ツケで飲もうにも酒屋は酒を回してはくれない。落胆する主人のために、家来の太郎冠者は何とか酒樽をせしめようと酒屋に行く。話好きな酒屋に面白い話をしてみせ、その話術にはまっている隙に酒樽を持ち出そうとするが、酒屋も簡単には乗せられない。酒樽を真中に延々と続く太郎冠者と酒屋のやりとりにおかしみを感じて笑いが漏れる。塗りの円筒形の酒樽が舞台の中心で存在感を感じた。私の場合、やはり衣装や小道具に目が行ってしまう。

☆能「小鍛冶」

童子・稲荷明神(前シテ・後シテ)/中森貫太、三条宗近(ワキ)/殿田謙吉、下人(ツレ)/山本則重

名剣誕生奇談。院の勅命で剣を打つことになった鍛冶氏の三条宗近が、制作の際の相方がいないことに悩み、思案していると見知らぬ童子が現れ、鍛冶場に祭壇を設えて待っていよと告げ姿を消す。宗近が言われるとおりに支度をして待っていると、稲荷明神の使いの狐が現れ、宗近の相槌を見事に努めて名剣「子狐丸」を完成させるという話。能には不条理な悲話・怨念話・妄愛に身もだえするような劇が多いのだが、この小鍛冶はシテ・ワキの役柄とともにスカッとした爽快感・達成感が小気味よい劇であった。

0808250002演目が一通り終了して、中森貫太先生による劇についての質疑応答の時間があり、丁寧な対応に好感を持った。

観世流、シテ方の中堅役者で精力的に舞台をこなし、慶応湘南藤沢高等部でも伝統芸能の講師もなさっているとのこと。

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さんさ踊り~8月4日

盛岡さんさ踊りが夏の観光行事の目玉となったのはそれほど古いものではありません。私がまだ盛岡にいたころは東北の四大夏祭りとして有名だったのは「青森ねぶた」「秋田竿灯」「仙台七夕」「山形花笠」だったと記憶しています。最近では盛岡さんさが山形花笠に代わって四大祭りの一角を占めているようです。

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太鼓方が踊りに加わるのが一番の特徴でしょうか。踊りも手足の動きが早く、「東京音頭」の悠長な踊りに慣れてしまっている私でしたが、体に眠るさんさのリズムが蘇ってきました。

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「輪踊り」と言ってメインとなる中央通り会場にはたくさんの企業・団体が組んだやぐらの周りで参加団体や見物客も一緒になってにぎやかに踊ります。「統一さんさ」という振りがあるそうです。

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統一さんさに対して、盛岡近郊各地域に伝わる伝統さんさというものが受け継がれていて、それぞれは衣装も振りもお囃子の節回しも違います。上の三枚の画像はその伝統さんさのひとつ、清流会の踊りの模様です。衣裳が綺麗です。私の育った場所のさんさの太鼓囃子のリズムも私の体に健在です。

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白金台にて

今週は年休を使って休んでいます。特に用事もなく、給料日前で懐も寂しいので、本を集中的に読んだり、近場に出かけたり、普段できない家事などやっています。空梅雨で少しは雨も降ったらいいと思いますのに、雨女のジンクスも効かないようですね。

白金台の美術館めぐりと自然観察に行ってきました。白金台は東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)、自然教育園(松平家別邸および白金長者屋敷跡)、松岡美術館などの施設・環境に恵まれ、都心ながらも深い森の空気に身を包まれる場所です。深呼吸することを忘れた人へお奨めいたします。

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東京都庭園美術館は旧朝香宮邸として昭和初期に建築され、アールデコという近代工業化の影響を受けた幾何学様式に彩られるモダンな建物です。明治大正期の重厚感や装飾感あふれる洋館とは対照的なシンプルさが現代にも通じる感覚です。

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上のコラージュは洋館と様式庭園、よく手入れのされた芝生の上にオブジェが点在し、ベンチなども置かれています。こじんまりとしていながらも、日本庭園には小川がひかれ、「池泉回遊式庭園」としてまとめられています。茶室「光華亭」といいます。この庭園は花の種類も多いのですが、紅葉の時期もまた美しい風景を楽しめそうです。

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春を呼ぶ書

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春の鳥のさえずりが聴こえてきませんか?

~2005年東京都美術館に出展された作品より~

私の書いた作品ではないですよ、あしからずconfident

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ウグイスのようにキレイな声でさえずることはできないし、木から木へ飛びわたることもできないボクはオウムといいます。

2月22日sun上野動物園にて

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この世のものでなくても・・・・

また昨日からの話の続き。ちょっとハマっています。なぜ冬ソナと能が結びついてしまったかというと、maruさんが、「村上春樹にご用心」(内田樹・著)で「羊をめぐる冒険」が能と同じ二重式構造のストーリーで冬ソナとの共通点に言及しているのを読んで、いろんな意味で冬ソナのすごさを感じているとのこと、それが私に伝染してしまった、というのが正しいところです(笑)。我ながら、まわりくどいことになっています(笑)。そして何で今ごろ?と家族の嘲笑にもめげず、DVD借りてきてみているところ。愛するものであればこの世のものでなくてもいいから再会したい、祖父母や父母や夫(妻)、子、恋人・・・・なんだか、そんな風に感じています。

さて、冬ソナはひとまず置いときます。冬ソナには古典能の通奏低音が流れているということで思い浮かべられる演目を挙げてみようとするのですが、やっぱり私には無理かな~。

死・離別をテーマにしたもので、さほど能の知識のない私でも「定家」「砧」「隅田川」の三つくらいは知っているかな。

許されぬ恋を描いたのは「定家」、式子内親王と定家の現実にあったかどうかはわからないのですが、病に倒れこの世を去った式子内親王の墓に絡みつく蔓を定家の妄執ととらえ、あの世で苦しむ式子の亡霊が、通りすがりの行者に、絡みつく蔓を何とか解いてほしいと請い願うが、最後は定家蔓に強く身を縛られながら法悦の内に黄泉の国へと戻ってゆく、というストーリー。しつこく絡みつく情念に悩みながらも一方でそのエクスタシーに負けてしまう女の業、というか性?ちょっと濃いストーリーです。

「砧」は夫婦の物語。遠く都に赴任したまま便りも途切れ、夫の身を案ずる妻が、機で織った布をたたいて柔らかくするための砧という道具で、何度も高らかな音で強く布を打ち据えて、その音が都の夫に届けと一心不乱に念ずる姿。これも、貞淑で一途な妻の姿を描いているようで、でも一歩間違えると怖い女の情念の世界です。

そして最後にもう私の十八番?(笑)「隅田川」です。以前下町散歩の「言問橋」という日記でストーリーは説明しましたので、ここでは省きます。離れ離れになった子を思って、もの狂いになってしまう母親の姿に現代の親子関係を思いつつ、いろいろと考えさせられるものがあります。

能・狂言といった古典芸能はストーリーをしっかり頭に入れておかないと、いきなり観ても何を演じているのかわからないものです。時間のゆとりができそうなこれからの私ですが、機会があればそういう場所にも出かけてみたいな~。

とりあえず今は「冬のソナタ」(笑)。立原道造の世界が好きな人はコレにもハマル、絶対!・・・・う~ん、私だけか~。

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黒田記念館

黒田清輝画伯の近代絵画の名品が自由に観覧できる黒田記念館は、建物の雰囲気も好きで何度か来ています。黒田記念館についてはこちらで詳しくご覧になれます→黒田記念館Homepage.

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木々に隠れている茶色い煉瓦の建物です。

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アールヌーボー様式と言うのだそうです。ドーマー(半円形飾窓)が特徴の開口部。

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所蔵の絵画の素晴しさもさることながら、重要文化財に指定されている建物自体も素敵です。

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FORGOTTEN~忘れ去られたものたち~

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FORGOTTEN    J.P.HOL    exhibition in Tokyo

懐かしくて温かくて、でももう取り戻せない時の悲しみ・・・・そんなものに包まれます。

Johan Peter Hol(オランダ) 1964年生まれ

ミラノ・アムステルダムを拠点にオブジェ制作活動を続けるアーティストです。

彼が作品に託したメッセージ、それは「人間の欲望」。

「人間はあらゆるものをコントロールしようとする。生命を謳歌する動物を殺して剥製にし、ミッキーマウスのように動物を擬人化して自分達のイメージにはめ込む。その一方で人間は自分らしく生きたいと望みながら、集団社会に属することに憧れを抱く。人間は常に逆説的な矛盾に囚われている」

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上の写真は今、彼の作品を展示している慶応年間に建てられたという古い土蔵です。材木問屋の古い蔵は震災や戦災で焼け野原となった浅草の街で辛うじて当時のまま生き残った貴重な建造物でした。修復を経て、現在は「ギャラリーef蔵」という音楽・芸術活動の場に生まれ変わりました。

J.P.HOLの作品はさてどんな形でこの場所に展示されているでしょうか。私は昼休み中にぶらっと見学して来ましたが、もう光の差すことがないと思っていた昔の思い出に、ふたたび明かりを当てられたような・・・・。オランダ人の彼の感性が柔らかに切り取る日本の(私の)失われた時・・・・。

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台東区雷門2丁目19・18都営浅草線A5出口すぐそば

ギャラリーは入場無料、火曜日休

見学は12:00~21:00となっています。

おすすめのJ.P.HOL展は11月4日まで。

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野すみれ

すみれの花といえば、色とりどり大輪を咲かせる品種改良されたパンジーが目立つ。

元々は野に咲くすみれ。小さく控えめ、しかししぶとく地に這うように生きている姿は健気な強さを秘めているよう。(昨年、実家で窓下に咲いているのを撮ったもの)

Sumire先週のことになるが、この野すみれのブーケを胸に飾るベルト・モリゾの肖像画(エドゥアール・マネ)を観に上野の森へ出かけた。(写真は会場前のポスター)

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閉幕が近い(4月8日まで)こともあり、なかなかの混雑であった。私は背丈があるので(身幅は?)混雑する展覧会などでは後ろに下がり目に観覧し、隙間を見つけるとそ~っと割り込む(笑)。

銀板写真のコーナーで展示されていた、「エッフェル塔の4人」(3人だっけ?おぼろげな記憶)という物語を感じさせるモノクロームな写真は私の好みにはまっている。エッフェル塔に向って立つ男達の後姿を超ローアングルから撮ったもの。モデルの男性達はどんな人たちだったんだろう。

展示も終わり近い一角にラコンブ(知らなかった)という人の作品で、ベッドの木枠に施したレリーフ4枚、「観念」「誕生」「愛」「死」も目を惹いた。ベッドの木枠に彫られたというのがとても暗示的に感じた。

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仏像 一木にこめられた祈り

国立博物館 平成館では木彫の仏像ばかりを集めた特別展が開催されている→東京国立博物館 イベント.

国宝が4体、重文指定が41体など含めて全国の寺社から多数集結しており、これだけのものを一度に見られる機会もめったにないとあって大変な人出だった。茶室を見にきた私だったが、こちらにもぶらりと寄ってみた。

木を彫り仏を作るという芸術作業は、西洋の鉱石、ブロンズや石膏の偶像とは違う、生物である木に魂を吹き込む作業である。日本人ならではの祈りの文化。なめらかに肌をすべる法衣に透けて見える、菩薩像の肉感的な胸部や太腿に妖艶さを感じたかと思えば、神将立像の猛々しく険しい眼差しに射抜かれたように立ちつくす私。

展示作品もそろそろ後半に来て、江戸時代に諸国を巡り、庶民のために多くの仏像を彫った円空と木喰の彫像には心からホッと感じるものがあった。円空が彫った岐阜の高賀神社所蔵の十一面観音立像・善女龍王立像・善財童子立像は特に私の目を釘付けにした。一本の木を直線的にノミを入れた独創的で荒削りな、仏像・・・・と言うより、私はアメリカインディアンの象徴のトーテムポールを連想してしまった。素朴な庶民信仰に根ざした温もりのある微笑をたたえたこの仏像を見に何度引き返したか・・・・。円空はその生涯に何と12万体の仏像を彫ったそうである。美濃の出なので岐阜県に圧倒的に多いが、それ以外にも日本全国に円空仏は存在する。木喰の仏像はこれも独創的で、自然に生えている槙の幹の中に仏を彫りこんだものなど、円空とは違いまろやかな曲線を感じる仏像が多い。まだ見ていない方にはおすすめします。12月3日まで。

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秋草の露のごとくに

国宝源氏物語絵巻・第四十帖 御法(みのり)

おくと見る程ぞはかなきともすれば 風に乱るる萩の上露(紫上)

ややもせば消えを争ふ露の世に おくれ先立つ程へずもがな(源氏)

秋風にしばしとまらぬ露の世を 誰か草葉のうへとのみ見ん(明石中宮)

_041_1源氏の最愛の妻、紫上はすべてに行き届いた賢妻である。余命を悟り、法華経千部を二条院に納めたあと、いよいよ病重く床に伏す紫上を、源氏は明石中宮を連れ、見舞う。秋の夕暮れ、三者三様、二条院西の対の庭の、萩・すすきなど秋草に宿る露にたとえて儚い人の命を詠み交わした和歌である。数々の浮名を流した源氏だが、紫を失う悲しみにはとうとう克てず、その後は枯木のごとき余生をひとり送ることになるのだ。源氏の浮名に人知れず悩んだ紫上かもしれないが、たった一人の妻として源氏に愛されたのだから、やはり幸せな女性だったと思う。

源氏物語絵巻第四十帖「御法」の詞書(ことばがき)は藤原伊房の筆跡によるが、平安仮名字体の連綿とした流麗な細字が、「料紙」と呼ばれる美麗な和紙に書き綴られる。この料紙に施される染めや箔散らしなどの装飾の美しさ。現代の書道展でも、この料紙に細字を綴る作品は人気が高く、私も憧れるものである。

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参考までにこんな書はいかが?

料紙は道長取りと呼ばれる染分けの色に

細字で古典の名文が写されている。

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花兎

宮沢賢治の絶筆 短歌「方十里」「病(いたつき)」

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稗貫のみかも 稲熟れて

み祭り三日

そらはれわたる

 

病(いたつき)のゆゑにもくちん

いのちなり

みのりに棄てば 

うれしからまし

昭和8年9月20日、豊作の秋を喜び、一方で死を覚悟した賢治が小さな半紙に書き残した絶筆(真筆)。手帳に万年筆で書き残すことの多かった賢治が筆をとり詠んだ短歌で、私のわずかばかりの思い入れも・・・・。写本は数多く額装され販売されてもいるが、真筆はなかなか一般には公開されないものらしく(林風舎・蔵)、この画像も淡交社の茶道誌より転写した。書、掛け物としての美しさを多くの方に知って頂きたい。

花兎金襴の丸本表装ですっきりした軸物に仕上げており、賢治の残した数少ない毛筆の書にふさわしい質実で端正な美しさを感じる。機会があれば肉眼で実物を拝見したいと思う書である。

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「史記」の世界を下町で

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中国史の好きな方には見逃せない催事。

江戸東京博物館:特別展|驚異の地下帝国 始皇帝と彩色兵馬俑展-司馬遷『史記』の世界.

両国界隈は歴史のある、名所・旧蹟も多く散歩もおすすめ。

秋口までの開催なので、お好きな時にお出かけを!

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漢書が読めません

_110いつもながら見事なちえちゃんの作品ですが、「書道のお手本から拾って書いたので、どの漢詩からの出典か解らないのよ、意味が解らないから一緒に調べて頂戴」ですって。宿題になっちゃいました(笑)漢詩じゃなくって、禅語じゃないかと私は思うんですが、今のところ何とも・・・・。今までもらった書の中でも手強いです。わかったらご褒美に、これ、もらえるのよね、清書じゃないし、こんな立派な書でもひょいひょいでしょうから。表装して、大切にしまっておきますわ。

静對松?立??年月?

??問??何以(使か便?)忘憂

?の漢字が解読不能です。検索も思わしい結果が出ません。どうしよ~、ちえちゃん。図書館行き、決定かしら。

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これはオマケ。この春の銀座のサロンの細字展に出展した作品(3月の記事で紹介)を、もらってしまいました。こちらは、「清明」をはずして、取り替えて飾って置こうと思います。

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夏衣の美

Photo露台で月の出を待つ妙齢の女性を描いた、上村松園の「待月」という作品です。

髪型や、髪に挿したかんざしを見ると、町娘ではなく色街に生きる女性ではないかと思われます。

京都生まれの松園は、幼い頃から舞妓・芸妓を身近に見ていて、日本女性ならではの美を余すところなく、美人画に描いていますね。

追記:画像は日経新聞HPから転送したものです。

季節は初夏か夏、紗の紋付に流水模様の帯を締め、小さめに結い上げた髪に涼やかな白肌と、全体からは涼趣を感じさせる絵ですが、袂からのぞいた襦袢の紅だけが艶やかで印象的です。この透ける夏衣を描けるのは、やはり日本人の感性かな、と思ったりします。日本女性の夏姿を描いた画家は、鏑木清方をはじめとして多くの作品があります。なよやかな美と一瞬の涼に出会えるこんな日本画もたまにはいかがでしょうか。

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花に問へども花は語らず

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先日頂いた漢詩の書は、サイドボードの上に落ち着いています。「蝶恋花」という題名にあった花瓶がたまたまあったのでそれも一緒に添えてみました。桜に蝶が舞っている花瓶で、模様が華やかすぎて、活けた花とケンカするようであまり使っていなかった花瓶です。

この漢詩、あれからネットで検索したら見つかりました。すごいですね、インターネットって・・・・。「雨横風狂三月暮門」のフレーズだけでバンと上がって来ました。図書館に行って漢詩集など見てみようと思いましたが、こっちの方が早かったですね。漢詩のホームページを作ってらっしゃる方もいて感心しました。↓

漢詩の部屋 http://www.c-able.ne.jp/~s-town/kanshi.htm

ご興味のある方はどうぞのぞいて見てください。アップした欧陽修(宋代の歴史家)の「蝶恋花」も解説つきで載っています。

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問花 花不語

花に問へども

花は語らず

気に入ったフレーズです。

友人の漢詩を選ぶセンスが段々解ってきました。

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漢詩を味わう

とても寒い一日でした。春はどこかへ逃げて行ったのでしょうか。これでは体調を崩すのも当たり前ですね。金曜日はお取引先の群馬のビール工場まで出かけますので、春が戻ってくるよう祈っています。試飲しすぎないようにと釘をさされていますが、ちょっとビールを飲みたくなる気候ではありませんね。

外は寒いけれど気持ちはほかほかしています。抱珠さま(同僚の雅号)から今年もまた漢詩の書を頂きました。細字が得意な方で、今回は色つきの料紙に書いて頂きました。わざと訳は頂かず、自分で調べる事にしました。・・・・難しいです。読めないのですよ・・・・。

横風狂三月暮門の一節を持つこの漢詩ですが、もしご存知でも心に収めたままにしていて下さいね。これも自分を深めるための勉強です。またきちんと額装して飾る場所が決まりましたら写真をアップするつもりです。

いつもこんなにも気遣い頂いていて、私の知らなかった書の世界に踏み込むきっかけを与えて下さった抱珠さまに感謝・感謝です。

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バレンタインデーによせて

大正~昭和初期に活躍した女流画家、上村松園は「娘深雪」「花がたみ」「焔」で恋に走る女性像を描きました。それぞれの恋愛の局面において見せる女性たちの隠そうとも隠せない内面の心理をその表情にドラマチックに描いて引き付けられます。

はつ恋・・・・「娘深雪」は心惹かれたひとから贈られた扇にその面影を遠く思いやる羞じらいを含んだ少女が甘やかに描かれています。人形浄瑠璃から題材をとったものだそうです。

狂気の恋・・・・「花がたみ」は寵愛を受けた帝の牛車の列にふらふらと進んでゆく照日の前を描いております。虚ろな表情で手には帝からの花がたみ(花かごのようなもの)を下げ、身にまとった衣装もしどけなく、恋しいあまり正気を失う風情が痛々しくも伝わってきます。

恋の挫折・・・・「焔」は源氏物語、六条御息所の狂おしいほどの嫉妬心が妖しく美しく、怖さを感じる絵です。理性と嫉妬の間で悶え苦しむ御息所、その情念が生霊となって恋敵を呪い殺してしまうすさまじさ・・・・。

少女~娘盛り~中年にかけての女性たちの恋愛心理を描きつつも、どこか品格がしのばれるのはやはり松園の腕の成せる技でしょうか。

「娘深雪」、「花がたみ」・・・・松柏美術館所蔵

「焔」東京国立博物館所蔵

注・「巨匠の日本画」塩川京子氏の解説を要約し記事にいたしました。

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洗心書道展へのお誘い

_002 たびたびワタシの記事で紹介してきた同僚から洗心会書道展の招待状を頂きました。春には、細字展を見に行きましたが、今度は暮れにふさわしく?大作が並んでいるからぜひ来てねとのことでした。

最近、同僚から聞いた創作風景は結構ガテン系(笑)でした。特に襖半分くらいの大きさの書になると、部屋に籠り、汚れてもいいヨレヨレのジャージとトレーナーを着て、精神統一のために手拭で頭をきっちり縛り、床に這うように筆を動かしているのだそうです。見てみたいものですね~。

今月18日(日)から24日(土)までの午前9時から午後5時まで入場料は無料、上野の東京都美術館にて開催いたします。ワタシは21日か22日に行く予定です。ここをご覧になった方で、もしお時間がございましたなら、上野散歩のついででも、どうぞお立ち寄り下さいませ。

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ガニュメディスの誘拐

レンブラントといえば、「夜警」が条件反射のように頭に浮かびますね。彼をめぐる3人の女性たちや、浪費癖による晩年の窮乏など、波乱に満ちた画家人生は映画にもなりました。たまに特集内容で読む「芸術新潮」の8月号をぱらぱらめくっていたら、ドレスデン美術館展の記事が載っていました。夏場にかけて、私事で忙しかったこともあり、見落としていたようです。今になって「あったんだ~」と気付く始末で、知っていたら絶対見逃さなかったのに、残念!!これは実際に見たかったと思ったのは、ギリシャ神話から題材を取った、ガニュメディスの誘拐です。大鷲に姿を変えたゼウスに咥えられ、さらわれる赤ん坊の姿のガニュメディスの泣き叫ぶ顔と、丸々としたお尻、なぜか手にはさくらんぼが握られ、恐怖のあまり、おしっこちびっちゃっている所まで、リアルに描いているところに引き寄せられます。神話では美少年のはずのガニュメディスをわざわざ赤ちゃんに置き換えただけでなく、ちびっちゃう所まで描いているレンブラントはやはり変人かも・・・・。何、考えながら絵筆を動かしていたんでしょう?そうかと思えば、空に手を伸ばしわが子を追う母の姿がとても悲痛に描かれています。深いですね~。それにしても誘拐と言う悲惨なテーマなのに何故か、鷲にさらわれるガニュメディスの強靭な生命力を逆に感じてしまう絵です。

photo-_w602 ドレスデン美術館展ホームページより

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ダ・ヴィンチ展行ってきました

_005予定通り、9月21日六本木ヒルズのダ・ヴィンチ展の見学しました。ウイークデーのせいもあり、ゆっくり落ち着いて館内をめぐることが出来、よかったです。

若年期はフィレンツェの財閥の庇護を受け、華々しく作品を世に繰り出したダ・ヴィンチですが、中年期以降は、芸術面ではボッティチェリやミケランジェロなどの活躍に押されていました。しかし一方では土木工学などの知識を生かし、今で言う街づくりに大いに能力を発揮したようです。

彼の科学概念は自然科学、地球物理にまで及び、その後のガリレオなどの科学者の出現に大きく影響を与えました。そんな彼の自然をありのまま捉えようとする粘り強い探究心は、今回の展示品のレスター手稿や、パリ手稿といったノートとして後世に残り、私たちの目に触れる事が出来るのです。

肉筆の手稿(鏡面文字という不思議なスタイルで書かれている)を実際に見ると、生涯一つ事に打ち込んだ一人の男の人生に素朴に胸を打たれる気がしました。

二時間ほどいたでしょうか。見終わってから、展望台で一息です。ここは七夕の時に、おしゃれな短冊を飾っていたところだったかしら。今日は天気はあいにく曇り、晴れていたら遠くの山並みまで見えたんだろうに、などと思いながら、街を見下ろしました。ダヴィンチは今の都市整備に対してどんな感想を持つのでしょう。

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ルネサンスの巨人

昨日から六本木ヒルズ森アーツセンターギャラリーにて

レオナルド・ダ・ヴィンチ展が開催されています。

11月13日まで期間中は無休、午前10時から午後8時までということで

ワタシは来週の水曜日に出かけることにします。

ルネサンスの数多の優れた芸術家たちよりもさらに抜きん出た所以である

彼の科学観というものにスポットを当てる内容になっていて

レスター手稿など貴重な資料が見られるそうです。

楽しみですね。

公式HPはhttp://www.LeonardoDaVinci.jp

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杜朴 「清明」

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昨年の暮れに
公私に渡りバックアップしてくれた
友人から頂きました。
一生の宝物の一つです。
唐代の詩人、杜牧の作品より
私のために選んで
筆を起こして下さったものです。

   清 明
清明時節雨紛紛
路上行人欲断魂
借問酒家何処有
牧童遥指杏花村

清明の時節 雨紛紛
路上の行人 魂を断たんと欲す
借問す 酒家は何処にか有ると
牧童 遥かに指す 杏花の村

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