一之江名主屋敷にて

せっかく出かけて見てきた場所なのに、最近の私は「ものぐさ花子さん」なので写真を撮りっぱなしでPCにさえも落とさずそのままにしているのが結構あります。これではイカンと、眠気と格闘しながら写真の編集・整理にとりかかっています。先々週は江戸川区の歴史的建造物で都の史跡にも指定されている「一之江名主屋敷」に行ってきました。

Nagayamon_2

江戸川区は意外に足を向けることが少なくて土地勘のない場所です。電車の乗換経路や地図など事前に調べてはいましたが、結構、苦労してようやくたどり着きました。自分の方向音痴を棚上げにして、「江戸川区の縮尺はおかしい!」なんてブツブツ文句言いながら(笑)。

写真の長屋門は一般道に面しているため、交通法により茅葺屋根をトタンで覆っているそうです。もったいないな~。

0809120005 「釣りしのぶ」が軒先に揺れる土間の入り口から屋敷の玄関を眺めます。

この家の主の田島家は江戸時代、苗字帯刀を許された家柄で、元は武士の出身なのだそうです。

0809120015

代々の当主は、年貢米の収納・管理・お上への上納など公的任務にあたったということで、特に年貢米などの受付の際は長時間玄関に座って対応するため、中央に見える「背柱」と呼ばれる柱に寄りかかりつつ難儀な仕事をこなしたそうです。

0809120006

その背柱によりかかって眺めるとこんな風に見えます。

この玄関の天井には武士の家柄らしく「刀掛け」が作りつけられていて、長槍などが渡し架けられていました。

0809120021

おむすびのようなコロンとした石を荒縄でしばり、立ち入り禁止の場所に置くのは、「関守石」とか「留め石」と呼んで、現代の庭園にもよく見かけられる仕掛けです。

0809120019

一見して曲り家風の民家です。格子窓が見える部分は農具などが置かれ農作業に使った土間で、私の実家でも見られた古い民具などがここにもありました。

0809120009_2 0809120011_2

囲炉裏・かまどなど昔はこうやって煮炊きや団欒を取っていたのですね。今の便利な世の中の暮らしをご先祖様が見たらどんなに驚くことでしょう。

0809120012_2

土間の天井裏には木船が・・・・!

このあたりは河口の近くで東京湾にも接していて、水害が発生しやすく、いざというときの救難のための備えです。

0809120018_2

東京都指定の史跡、一之江名主屋敷へは都営新宿線瑞江駅下車、北西方向へ徒歩10分。

月曜を除く毎日が公開日ですが、田島家が使用する日と年末年始(12月27日~1月8日)は公開していません。
時間は10時(開門)~16時(閉門)で室内利用は15時まで、料金は100円(施設維持協力費)中学生以下の方は無料です。
茶室などはありませんが、お茶会の開催などは可能です。句会などにも利用できるそうで、その場合は、別途料金がかかります。
問い合わせは江戸川区郷土資料室文化財係 03-5662-7176まで。

江戸川区春江町2-21-20

| | コメント (2) | トラックバック (0)

"水の東京"を下る

友人たちと集まる際の予定にいつもプランが上がっていた隅田川の川下り、今まで暴風雨やら、乗り遅れやらのアクシデントで先延ばしになっていたのですが、先々月ようやく達成することができました。帰省するよりずっと前の話で書きかけで放っておいたのですがやはりきちんとまとめておこうと思います。

7月29日(金)10時に浅草・吾妻橋わきの"東京水辺ライン"発着所に集合後、「卑弥呼号」でいざ川下り。航路と船の形は様々で時間や見学したい場所によりコースが組まれているので事前に調べておいた方が賢明です。水辺ラインの詳細はこちらから→http://www.tokyo-park.or.jp/waterbus/operation/index.html私はいつもしっかり者の友達にお任せでいつも連れて行ってもらう人・・・・(笑)

幸田露伴の随筆で「水の東京」という作品があります。明治35年に書かれたこの作品では隅田川に架かる橋の風景を偲ぶことができます。隅田川~東京湾をクルージングする前に読んでおくと良いかもしれません。今すぐ読んでみたいという方は全文をリンクしておきます。→http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/1434_20710.html

Collage6

吾妻橋を潜り抜けアサヒビール社屋と首都高速の高架を眺めます。駒形橋は青色のアーチ、緑色のアーチは厩橋。

Collage7

黄色のアーチが下支えするのは蔵前橋です。国技館の建物がちらりと見えました。川幅も広がり様々な船が行き交います。赤い欄干の両国橋、黄色い支柱のシンプルな新大橋、以前深川芭蕉庵のことを書いた時にも登場しました。

Collage8万年橋は隅田川支流の小名木川支流に架かる橋。見たら最後その美しさに感動する人が多いという、ドイツにあるケルン橋を真似たという優雅な青い逆アーチ型がつり橋のようなフォルムは清洲橋。

交通量増大の解決策なのでしょうか、二層式のこの橋は隅田川大橋。でもこの橋があるために清洲橋と永代橋両方からの橋の遠望が利かないという短所もあります。リバーサイド佃付近のハープ橋は中央大橋です。

Collage10高速道や永代橋を抜けると隅田川もそろそろ河口。佃大橋のどっしりとした姿、NHKの朝ドラ「瞳」の舞台です。このドラマの舞台設定に脚本の内容がとても合っていて地味ですが良いドラマなのでよく見ています。

築地に近づいて来ておなじみの聖路加タワー。あのツインビルの高い場所をつなぐ連絡路は地震などが来たら大丈夫・・・・なんでしょうね~。かちどき橋を目の前に船長さんです。この船の案内の声は「銀河鉄道999」の機関士さんが勤めています。船内には、鉄郎くんとメーテルの等身大像もあります。

Collage4

船は東京湾の中に入り込みました。湾岸に並ぶ倉庫群などを眺めつつ(友人の後頭部が!)お台場へと向かいます。松が生えている石垣の小島は江戸時代に砲台場として作られた場所らしいです。船を下りてガチャピンに歓迎されました。

Collage5_2

こうしてお台場婦人会は無事年内に川下りに成功し、反省会は毎度の品川プリンスホテル「ハプナ」で行いました・・・・やれやれ(笑)。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

盛岡天満宮周辺

岩手には変な狛犬が多いです(笑)。以前に書いた久慈似内神社の狛犬や、母校近くの天神さんの狛犬もかなり個性的でユーモラス・・・・。ここの狛犬はファンが多いらしく世に珍しい狛犬のフィギュア(南部鉄製・釜定工房)まで作られるほどで、私も欲しいなあと思っていたものの今回は手に入れずに帰ってきました。

Photo Photo_3

石川啄木が学校をさぼってここまでやってきて詠んだ歌です。

夏木立 中の社の石馬も

汗する日なり 君をゆめみむ

松の風 夜昼ひびきぬ

人訪はぬ 山の祠の 石馬の耳に

石馬というのはこの天神様の狛犬のことで、啄木独特の表現です。

 

  

Photo_2

天神さんには撫で牛もいます。私はかわいい「撫で牛」も大好きです。

この天神さんの撫で牛は石が古すぎるのか、あまり撫でられないのか、ツルツル感に乏しかったです(笑)。やっぱり頭を一番に撫でる私です。もう、遅いって!

この撫で牛の背の向こう側にチラッと見えるのが啄木望郷の碑へ下る道です。この天神さん自体が一つの小山みたいになっていて、盛岡市街を見渡す展望ポイントのひとつです。ちなみに岩山や立原道造の詩碑のある愛宕山などの眺めの良い場所もよく走っていたものです、ゼェゼェ!!(笑)。

Photo_6

この日は新校舎となった母校へ久しぶりに行ってみたのですが、ウチの学校の事務長さんのタイプって本当に世話好きで愛想がよくって・・・・イイ人です。この日会った後輩たちも年齢からいえば娘と言えるコたちで可愛かった・・・・私も当時はこんな風に先輩方に思われていたのかな~?

Photo_8

帰省するたびに主に中津川周辺の風景をここで紹介していますが、このあたりは盛岡城下の雰囲気が最も濃く残っている場所で、今もそういう街並みが市民にも愛されています。

Photo_9

上の橋際の丸竹茶屋は素朴な和菓子とお茶でほっこりできる場所です。軒の低い昔ながらの商家造りの店内は程よい暗さで、丸太を切ったテーブルと椅子の席で、南部鉄器などの民芸品の飾られた窓越しに狭い通りを行き来する車を眺めながら一服しました。

売っている和菓子にしても適正な価格で地元市民がおもな購買層であるところを見ると観光客目当てではないことがわかります。

この丸竹茶屋の並びにあるのが盛岡正食普及会の土蔵風の古い建物です。

Photo_10

名前が厳めしいのですが、店舗に入ると岩手産の穀類で作られたパンや焼き菓子などが売られています。

「地産地消」とか「マクロビオティック」とかのキーワードで表わせるお店です。パンの味はペストリーなどバターをたっぷり使ったものに慣れてしまった舌には、ちょっと無骨な味わい・・・・給食のコッペパンを思い出すようなそんな味?

建物はもともとは繊維問屋の老舗「井弥商店」の明治時代の土蔵だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金木町・斜陽館~8月6日

2008_0806_0106

太宰治の生家、金木町の斜陽館にやってきました。私の読書歴は太宰治の作品は縁遠く、読書家だった叔父の本棚にも一冊もなかったのが今思うと不思議な感じがします。学生時代、太宰の小説にかぶれた友人が多かったにも関わらず、とうとうこの年まで疎遠なままきてしまいました。高校時代の現代国語の先生が何となく太宰治に似ていたな~なんて思いだす程度でした。

2008_0806yokohama0192

津軽の銀行業も営むような飛びぬけて裕福な素封家に生まれた太宰治は、小説「津軽」では父の建てたこの家を冷めた目で書いています。

2008_0806_0103

すべてにおいて選ばれた人間であった太宰のこの世に生きることの苦しみを理解するにはあまりに凡庸すぎる私です。

農家と商家の違いや規模の大小はありますが、子供のころ私が育った家の造りに似ていて、調度類の雰囲気もそっくりです。ひんやりとした木の床の感触にも懐かしさを感じた斜陽館でした。

 2008_0808_0108_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白金台にて

今週は年休を使って休んでいます。特に用事もなく、給料日前で懐も寂しいので、本を集中的に読んだり、近場に出かけたり、普段できない家事などやっています。空梅雨で少しは雨も降ったらいいと思いますのに、雨女のジンクスも効かないようですね。

白金台の美術館めぐりと自然観察に行ってきました。白金台は東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)、自然教育園(松平家別邸および白金長者屋敷跡)、松岡美術館などの施設・環境に恵まれ、都心ながらも深い森の空気に身を包まれる場所です。深呼吸することを忘れた人へお奨めいたします。

Blog2008_0619yokohama0091

Blog2008_0619yokohama0096

東京都庭園美術館は旧朝香宮邸として昭和初期に建築され、アールデコという近代工業化の影響を受けた幾何学様式に彩られるモダンな建物です。明治大正期の重厚感や装飾感あふれる洋館とは対照的なシンプルさが現代にも通じる感覚です。

Collage11

Collage8

上のコラージュは洋館と様式庭園、よく手入れのされた芝生の上にオブジェが点在し、ベンチなども置かれています。こじんまりとしていながらも、日本庭園には小川がひかれ、「池泉回遊式庭園」としてまとめられています。茶室「光華亭」といいます。この庭園は花の種類も多いのですが、紅葉の時期もまた美しい風景を楽しめそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

山谷にて

6月になりました。何だかもう梅雨のようなどんよりした日が続いて、心まで寒くなる日々です。今日はスッキリ晴れてほしいのと、もう一つの願い事。

シューズにポタポタ落ちる涙を思い出す季節がまたやってきました。

○○○○○

山谷というとみなさん一定のイメージを持たれるでしょう。この街が最近外国からの旅行者の注目の街になっているのはご存じですか?物価の高い国日本を訪れるバックパッカーにとって、浅草に近い山谷の安い簡易宿泊所が意外な人気となっており、外国人の姿が増えてきました。営業基準が厳しい国ですから、衛生的にも合格点に達していて素泊まりで安いところは5000円かからないところもあり、バックパッカーの口コミが広がったようです。面白い現象ですね。

そしてこの山谷には私がよくコーヒー豆を買いに出かけるカフェバッハがあります。カウンターに座り、目の前でバリスタの手慣れた手つきで薫り高く淹れられる深煎りめのブレンドを味わいながら、豆の用意をしてもらいます。バッハはウィーン風のサロンカフェ、大人がゆっくりくつろげる場所です。○タバや○トールなど大手のにぎやかな回転の早い店には足を向けにくいご年配の方でも、静かに本を開きながら一杯のコーヒーを味わうことができます。ここのコーヒーにはやはりザッハトルテなどドイツの質実な焼き菓子が似合います。

Dscf0117

2008_0528yokohama0011

そして周囲を散歩しました。ここから数分の廿世紀浴場が気になります。実際に入浴したことはないのですが、大正末期のレトロなムードの漂う、煙突がなければ、そして「湯」ののれんがなければ絶対銭湯などとは思えないこの建物は私の写真心を刺激します。以前、泪橋のあたりを歩いた時の記事にも少しだけ取り上げました。今は、と言うと、残念なことに廃業し建物自体も管財人の管理下にあるようです。この銭湯の消滅を惜しむ銭湯ファンはどれだけいるでしょうか。私も入っておきたかったな~、廿世紀浴場。建物がどうなるかわからない今はせめて写真だけでもと思い、カメラに収めてきました。

Collage

| | コメント (2) | トラックバック (0)

立原道造・ヒヤシンスハウス

004a5坪ほどの広さのコテージは立原道造の設計した週末住宅、ヒヤシンスハウス。

埼京線・中浦和駅で下車、徒歩5分ほどの位置にある別所沼のほとりは建築家・道造が憧れ抱いた週末生活を過ごす場として選ばれた地です。設計はしたものの建設する前に病に倒れてしまい夢はかなうことなく終わります。

016a015a

後年、彼の遺志を継いだ人々により別所沼公園内に小さく可愛らしいコテージが建てられました。

017a

窓枠などの建具は翡翠色、雨戸や家具にギリシャクロスのモチーフがあしらわれているのは道造の好みだそうです。この色合い、どこかで見たことがあると思ったら、一昨年出かけた日光霧降高原の「山のレストラン」が似た感じだったのを思い出しました。

018a021a

沼に向って大きく開いた窓、そして反対側の奥、落ち着いた一角にベッドが置かれています。ベッドサイドに彼の肖像写真が立てかけられていました。

025

恋人の水戸部アサイに設計図を見せたところ、二人で過ごすには少々手狭であるとの感想をもらってしまい、書きなおした設計図もあったと・・・・。

道造は東京大学の建築学科に在籍中、辰野金吾賞を受賞するほどの才能に恵まれて建築家としての未来を嘱望されていました。

しかし明治大正期に建築された重厚な西洋近代的建造物よりも、小さな番屋や商家の家並みなどを愛した人だったそうです。

006a_2

別所沼対岸からのヒヤシンスハウス(左より)の眺め。道造はこの近くに住む年長の友人、神保光太郎をたいそう慕い、この沼のほとりにコテージを建てて週末は詩人としての時間を過ごす夢を持っていました。

庭のポールに彼のシンボルカラーである翡翠色の旗を掲げて光太郎に在宅のサインを送るという遊び心たっぷりの企ても考えていたとのことです。

道造をまるごと愛する人々がいて、今でもヒヤシンスハウスも彼の夢も別所沼のほとりに息づいています。この日もボランティアの男性がとても丁寧にお話を聞かせてくださりました。ヒヤシンスハウスは毎週、月・水・土・日曜日に内部を公開しています。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

国際子ども図書館で「世界にポーレただひとり」を探す

007

ひと月以上も前に、上野の森の国際子どもの図書館に行ってきました。近所にも児童書の蔵書が充実している区立図書館がありますが、私がどうしても読みたい本が見つからず、ここなら!と思い、探しに行きました。

この建物は旧帝国図書館として、明治政府が国家の威信をかけた大事業として建設に着手したものだそうで、国立国会図書館上野分館として運営されていたものが、4年ほど前に児童書専門の子ども図書館として生まれ変わりました。

私の探している本は「世界にポーレただひとり」、作者は忘れたのですが、確かドイツの作品でした。ポーレというちょっと我儘な男の子が主人公。ある朝目覚めたら町の中にはポーレしかいなくて、好き勝手なことをしても誰にも叱られないので初めは王子様気分だったのが、孤独感がじわじわと押し寄せてくる物語で最後は・・・・・(笑)。

006 014

この童話、何度も繰り返して読んだので覚えていて、どうして私はあんなにこの物語が好きだったんだろうと思い、読み直してみたいのですが見つかりません。

結局子ども図書館にもありませんでした。

ネットで検索してもあがって来ない「世界にポーレただ一人」・・・・あれだけ読んだ記憶があるのにどうして見つからないんでしょう。ちょっとガッカリ・・・・。

005a

他にも私の子供の頃読んだ本で印象の強いものは、ファーブル昆虫記・ドリトル先生航海記・シートン動物記や北極のムーシカ・ミーシカなど。これらは今でもよく読まれているようで、見つけるのも容易なのですが・・・・。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

旧古河庭園散策

またまた来ちゃいました古河邸。秋バラの見頃・・・・なはずなんですが、公園ボランティアの方のお話ではこの秋のバラの花つきは例年よりもあまり良くないそうです。しかし!それでも青空と洋館とバラの組み合わせにはウットリでした!旧古河庭園の詳細は Wikipedia.から引かせていただきます。手抜きでごめんなさい。

054

蔓バラの小さく可憐な花、石造りの洋館に似合っています。

053 064

旧古河邸は昔からこんなに綺麗に手入れをされていたわけでなく、昭和50年代までは荒れるにまかされ、侵入者も好き勝手に入れる状態で、ガラスは割れ、扉の蝶番も外れて、雨漏りで天井には大きな穴が開いたまま放置されていたそうです。近隣からはお化け屋敷というありがたくない名前を頂戴する始末。

しかしジョサイア・コンドル博士が丁寧に設計した洋館は当時はまだ珍しかった鉄骨を躯体に使用するなど頑丈な建物であることから、内外装の修繕に数年の年月をかけ東京都や大倉美術館が管理するようになってからは、庭園を訪れる人々に美しく優雅な憩いの場を提供できるようになりました。実に素晴しい庭園です。

047

この日洋館の中の部屋を見学する機会に恵まれました。

漆喰を使用した天井の鏝絵や腰壁などに施された一木作りのレリーフの見事さに当時の職人さんたちの高度なレベルの技を忍びつつも、急にわが家の部屋の壁紙など新しくしたくなったりして、現実に引き戻される私たちでした(笑)。

テラス寄りのブレックファストルームで紅茶を飲みながら庭のバラを眺めているうちに帰りたくない気分になりました。

038

059

こじんまりとではありますが心字池を中心に配した日本庭園も見応えがあります。

この六義園~古河庭園の散策コースの本郷通り沿いには、趣味の良い雑貨・小物屋さんも並んでいてウィンドウショッピングも楽しめます。

続きを読む "旧古河庭園散策"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

旧岩崎邸庭園

昨日の湯島の菊まつりのついでに池之端の岩崎邸にも寄ってみました。

残念ながら修繕作業の真っ最中。

いつもは素敵な白亜の木造洋館も足場や工事用の青シートがかけられていては・・・・。

また別の機会に来ようと思います。

047岩崎家の紋章が入った石造りの袖塀です。三菱の家紋は日本古来のものですが、これはよくヨーロッパの名家などに見られる紋章のデザインに似ているとふと思いました。

048

撞球室(ビリヤードホール)は黒っぽい木材を積み上げたような山小屋風のシックな建物です。

岩崎邸は明治の洋館を数多く手がけたジョサイア・コンドル博士が設計したものです。日本の建築史に大きく影響を与えた人なのですね。

049

岩崎邸(左)の横をすり抜ける坂が無縁坂。ここをだらだら登りきると本郷の町。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

神田界隈

043おそらくエレベータなどついていないものと思われる、こじんまりとした煉瓦造りの雑居ビル・・・・。神田錦町の一角にて。

これでヴェスパ(伊製スクーター)なんかがビルの横っちょに止められていたら出来すぎよね~・・・・。ちょっと妄想入ってしまいました(笑)。

046

修繕中の博報堂ビル、側面が白いタイルで覆われているけれど、もしかして前面も?045

20年以上も前、友人の披露宴で訪れたきりの学士会館。ビリヤードホールなど落ち着いた紳士の社交場と言った雰囲気でした。クラシックな階段ホールで、友人の「モデルポーズで、」というふざけたリクエストに応じて写真とったりして遊びました(笑)。

044

あら、ま。こんなところに・・・・。(学士会館裏)

10/19撮影

| | コメント (0) | トラックバック (0)

FORGOTTEN~忘れ去られたものたち~

001

FORGOTTEN    J.P.HOL    exhibition in Tokyo

懐かしくて温かくて、でももう取り戻せない時の悲しみ・・・・そんなものに包まれます。

Johan Peter Hol(オランダ) 1964年生まれ

ミラノ・アムステルダムを拠点にオブジェ制作活動を続けるアーティストです。

彼が作品に託したメッセージ、それは「人間の欲望」。

「人間はあらゆるものをコントロールしようとする。生命を謳歌する動物を殺して剥製にし、ミッキーマウスのように動物を擬人化して自分達のイメージにはめ込む。その一方で人間は自分らしく生きたいと望みながら、集団社会に属することに憧れを抱く。人間は常に逆説的な矛盾に囚われている」

005_2 012_4 003_3

 

 

 

上の写真は今、彼の作品を展示している慶応年間に建てられたという古い土蔵です。材木問屋の古い蔵は震災や戦災で焼け野原となった浅草の街で辛うじて当時のまま生き残った貴重な建造物でした。修復を経て、現在は「ギャラリーef蔵」という音楽・芸術活動の場に生まれ変わりました。

J.P.HOLの作品はさてどんな形でこの場所に展示されているでしょうか。私は昼休み中にぶらっと見学して来ましたが、もう光の差すことがないと思っていた昔の思い出に、ふたたび明かりを当てられたような・・・・。オランダ人の彼の感性が柔らかに切り取る日本の(私の)失われた時・・・・。

Photo

台東区雷門2丁目19・18都営浅草線A5出口すぐそば

ギャラリーは入場無料、火曜日休

見学は12:00~21:00となっています。

おすすめのJ.P.HOL展は11月4日まで。

014

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本橋箱崎界隈

023永代橋。力強いアーチ型の男性的なフォルム。隅田川がもうすぐ東京湾にそそぐ場所に架かる最も海寄りの橋です。左側に渡ると深川・木場へ。右側は日本橋のオフィス街へ続きます。

025

こちらは清洲橋。流麗な逆アーチ型が何となく女性的で優美に見えます。

028

両岸には水辺にせまるテラスがずっと続いていて、お昼休みの人々の憩いの場になっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

麻布十番界隈その3

南部藩中屋敷があった場所が今は野球場やテニスコート、都立図書館などを抱えた大きな公園になっています。鬱蒼とした深い森に囲まれた有栖川宮記念公園です。この日も暑い日差を物ともせずテニスを楽しむ方々がいました。

ウインブルドンの森が熱くなっていますからね~(笑)Wimbledon 2007 Highlights & Golden Moments.コナーズのオカッパ頭が超~懐かしいです(笑)。ただボールを打って打ち返すだけの競技なのに熱中してしまいます。

030

有栖川公爵銅像の足元でおにぎりを頬張る親子連れ、和やかな風景です。グランドのバックネット裏には大輪のひまわりが咲いています。

Photo

森に囲まれた都立図書館、私が高校生の夏休み、少しでも涼しい場所ならば勉強もはかどるだろうとよく出かけた岩手公園内の県立図書館の雰囲気に似ています。勉強なんて全然はかどらなかった、ただ単に涼みに行ってただけじゃないかと今にして思います(笑)。

Photo_2

園内は深山幽谷の趣を醸し出していて、昼なお暗い谷間とでも言いましょうか、かいた汗もすぐに引くようでした。今年初で蚊に血を吸われました~。

Seseragi Photo_3

公園にはカモ!石の上にうずくまり物憂げな横顔で?ジッとしているカモくんがいました。デコイって言うんでしたっけ?木彫りの鴨のフィギュア・・・・アレを思い出しました。羽の模様がスタイリッシュなんですね~~~。

この有栖川宮記念公園は入園料は無料です。とにかく広くて静かで涼しい場所でした。

ここを出て愛育病院の横に出る坂を下りて右折すると、通りに面して中国大使館・領事部があります。大使館は多い場所なのですが、この日通りかかったアルゼンチン大使館などに比べたら警備が厳重で門前に警官2名、50メートルほど離れた地点にも警官を配していました。何かとお世話になるところです。

その他、気に入った写真をまとめてアップしました。続きを見るをクリックするとご覧になれます。

続きを読む "麻布十番界隈その3"

| | コメント (3) | トラックバック (0)

明治の洋館めぐり~東京医学校

最近撮った写真がないので、過去の写真でお茶を濁す私であります。

森鴎外も学んだ東京医学校(東京大学医学部の前身)の建物が小石川植物園内に移築されています。現在は資料館として公開されておりますが、東京大学関連の建造物の中では最も古いということです。小石川といえば「赤ひげ」や「小石川療養所」が真っ先に頭に浮かびます。近代自然科学や医学の礎となった場所ですね。

ここからもさほど離れていない私が以前一人暮らしをしていた町は閑静なお屋敷町にも接していて、江戸時代の蘭学者であり医学者でもある、緒方洪庵のご子孫のお宅も近所にありました。

040白と赤のコントラストが「赤十字」を連想させますね(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

芸道精進

お遣い物にするような花、果物、銘酒、ワインなどは格からいって他の小売店に購買客の多くを譲るにしても、場所柄もあるのでブランド酒類やフルーツを取り揃えています。目と鼻の先にある各劇場、演芸場などの舞台などの差し入れに遣われたり、神社仏閣も多く、土日祝祭日のギフトカウンターは大忙しです。内線電話で呼び出しがかかると胸ポケットに「マイ筆ペン」を差して店内に。ギフトの場合は決まりごとに則った上でお客様の自由なご要望もある程度お聞きしなくてはいけません。先様へ手渡しされる時のことを思い浮かべながら、ピシッと形が決まった時の快感、お客様へのCSの笑顔ではなく、自分自身の満足の笑顔でもあります。昨日はさる映画人の方がお見えになり、高座を勤めている知りあいの噺家の方へのご進物のご用命がありました。のしの片隅に入れたメッセージが「芸道精進」、お買い上げ頂きましたのは特別本醸造「久保田千寿」の一升瓶でした。

これも芸道精進かな~?(東京芸大奏楽堂にて)

018

注目している映画「しゃべれども、しゃべれども」、今度の水曜日、シネスイッチ銀座まで見に行ってきま~す!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

旧古河庭園

建築家ジョサイア・コンドルは、明治時代の洋館を数多く手がけた有名な建築家である。上野の国立西洋博物館や鹿鳴館も彼の作品とのことである。そして遺作となったのがこの旧財閥古河家の屋敷(現在は大谷美術館)である。

Photo_18

Photo_17

エントランスの眺めと門を入って車寄せの脇にひときわ高くそびえる木、何の木なのかわからない。もう女子的妄想が大爆発寸前(笑)

Photo_19

この窓のそばにたたずみ、そしてバルコニーの手摺にもたれて外を眺めるのは・・・・もちろんアタシじゃない。悔しいが。でもひとときのロマンにひたるには十分な舞台設定である。映画のセットなどにもよく使われるようだ。

Photo_21

Photo_20

エントランスのドア、マホガニーなのかな、どっしりと重そうな木製のドア。さりげない細工に飾られたガラスがまた素敵。窓からシャンデリアが見えた。中に入れないのが残念です。公園ガイドのボランティアになると中に入れるのかな?やってみたくなった。

035_2

最後にバラ園。残念ながら花時でないのでご覧の通り、寂しい風景。春と秋の花盛りの時に訪れるのがお奨め!

明日は、和風庭園の方を書く予定・・・・。北区西ヶ原一丁目、旧古河庭園。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

伊勢型紙と江戸小紋

伝統工芸・民具と言えば、職人の手仕事のイメージが浮かびますね。私の好きな江戸小紋の柄・・・・着物はもちろん、日本手拭や風呂敷などの和小物、そして食器などのテーブルウェアなどにも美しく取り入れられております。

千代田区紀尾井町にはこの江戸小紋に飾られたショップがあり、伝統的な伊勢型紙の数々を展示した博物館(江戸の伊勢型紙ミュージアム.)も併設しております。伊勢型紙と言う細かい手彫りの柿渋入りの型紙を何枚も使って染める江戸小紋の美しさは以前の日記でも紹介いたしました。

041_2

今日、社用で北上野の保健所に出かけた際に、銀座線稲荷町界隈を少々歩いて見ました。地下鉄銀座線は地下鉄で最も古い路線で、この稲荷町の駅もレトロなメトロ(笑)です。よく来る場所で、下谷神社にはいつもお参りしているのです。

036

ふらふら歩いていたら、伊勢型紙保存研究会のある建物に出くわし、何てアタシって鼻が利くんだろうと一人でうれしくなってしまいました♪

037

相当に古い鉄筋コンクリート造のアパートでした。住民もまだ住んでいるようで、何枚も写真を撮るのは気がひけます。庭の物干しに模様を染める前の反物を干していました。この保存会ではこの伝統技術を伝えるために、修学旅行の生徒達に染物体験実習などの活動も行っているようです。伊勢型紙の伝統をここで守り続けている方々がいる、ここから美しい作品が生まれているのだと感慨ひときわです。

現代民藝ブームなどと言われ、柳宗悦や青山二郎、白洲正子などの著作がもてはやされておりますが、彼らのような審美眼を持つ一流の蒐集家と同じ目線で多くの読者が「美しいモノ」を語ることにずっと違和感を持っていました。江戸時代、「北越雪譜」を書いた鈴木牧之は、越後上布という素晴しい織物を作り出す農民たちの暮らしを愛し、讃えています。美しい工芸品などは、すべからく職人達のひっそりとした地味な作業から生まれます。きょう、出くわした「伊勢型紙保存研究会」の佇まいに何を感じるかは人それぞれでしょう。伊勢型紙がこの場所で、後継者に恵まれ、伝統技術が継承されることを心から願う私です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

旧竹田宮邸

006

町歩きの古い画像から見つけたものです。品川区高輪プリンスホテル内にある旧竹田宮邸。以前は旧北白川宮邸も隣り合う場所に建っていましたが、現在は無粋な高層ホテルに建て替えられ、現存するのはこの小さな洋館のみです。著名建築家の手による明治の洋館の数々が消えてしまっています。保存運動が起きなかったのが不思議です。よほど堤一族の威光が強かった時代だったからでしょうか。

007_2

現在は貴賓館として使用されています。下の写真は中庭から撮影したもので前面に池を配してゆったりくつろいで食事を楽しめそうですね。

010

いくつになっても、このような美しい建造物には魅かれますが、エントランス付近の雰囲気に気を配ってくれればいいのに、と思います。写真でもわかるように、工事現場にあるような無粋な車止めを無造作に並べているのが残念でした。中庭側がそれなりに綺麗だったので余計にそう感じました。

009

| | コメント (4) | トラックバック (0)

泪橋夕景

昨今、あちらこちらで見かける「スパ」や「スーパー銭湯」、手軽な温泉気分を味わえてお手ごろなレジャーである。なかには豪華にエステなどを設置しているものもあり、だんだんその境目もあやしくなってきている。銭湯は庶民の社交場。気取りを取り払い、裸のお付き合い、そして無防備なふれあいの中で相手に迷惑をかけない人間関係を誰からともなく教わる場所である。

_041_2  

 

 

 

これは夜の映像で見にくいかもしれないが、日本堤で営業中のその名も「廿世紀浴場」である。レトロ、大正ロマンの銭湯でこのあたりがにぎやかな時代の雰囲気を醸し出している。建築手法では何というのかその道に詳しくないのでわからないが、曲線を生かした窓枠、ドーマーのついた縦長の引き倒し窓で、アールヌーボーというのかしら~、違っていたらどなたか教えてくだされ。ホレボレしたわ~。ワタシ、たまらんねん、こんなん見ると、他人の視線も気にせずパシャパシャシャッター、切っとるんよ~。超胡散臭いよね~、薄闇で銭湯の入り口にカメラを向ける中年女。ちょっと、いや、かなりアブナイ・・・・。明るい昼間の建物の全貌も素晴らしい。昼間の写真はこちらから拝借!http://www5e.biglobe.ne.jp/~wadyfarm/taitou16a.html

_038_2

 

 

 

 

上記の銭湯からもほど近い、ここは山谷のドヤ街をひかえた泪橋交差点。ワタシの周囲には決して豊かとは言えない人々が大勢いる。外国人花嫁、外国人留学生、残留孤児二世三世・・・・。真面目に働きたい、お国の家族に仕送りしたい、家計の足しに、などなど。中国経済の活況とひとりっこ政策による向学熱を背景にした割合裕福な留学生も知っているが、大半は前述のケースが圧倒的に多い。時給たった850円のパート採用ながら、外国人であろうが、日本人であろうが、この国の雇用ルールなどじっくり話もしなければならない。法律に抵触しないよう神経を使いながら、煩雑な人事処理を常に強いられている。

社会保険の未加入者が増加している。採用面接をしていて、保険証の提示を求めたときにないという人、年金を払っていないという人に何度も出会った。いたたまれない気持ちになる。顔にはもちろん出さないが。週30時間以上の勤務で公的年金保険に絶対加入が原則であるというと、手取りが減るからこの面接はなかった事にしてというケースが何と多い事。見かけの時給のよい仕事を掛け持ちして、自転車操業のように稼ぐことを選ぶのだ。日本人・外国人どちらの場合もである。最近よく言われる「ワーキングプア」働けど、働けど・・・・の世界である。

均等法の時代になり女性の深夜労働も認められるようになったが、小売業界の深夜営業にも主婦のパートが増えている。確かに時給は良いのだが、ワタシが出勤すると入れ替わりで帰ってゆく彼女たちの背中に心の中で体に気をつけて頑張って・・・・といつも思う。

先日、高校中退したばかりの女の子が、募集広告を見て応募してきた。保険料などがひかれない程度でヨソとかけもちして働きたい、とのことだった。返答はすぐせず、本部の人事と相談し、かけもちがわかっていて採用するのはどうか?ということでこちらからキャンセルする事になり、その子の自宅に電話した。出たのは母親で、ザラついた言葉の端々に酒を飲んでいるようにも感じられる、いと浅ましき母なり、か・・・・。

面接キャンセルを伝え受話器を置いた後、ムカムカとこみ上げるものが抑えられなかった。何に対しておこっているのだろう、ワタシは・・・・。この国は豊かなの?幸福なの?平和なの?政治家は、官僚は、小役人は信ずるに値しない者ばかり。そして彼らを新聞などのマスコミの浅い字面だけで読み込み、酒の肴程度の論評で自己満足し、すぐに忘れる人々の何と多い事か。ふたたび何に対しておこっているのだろうワタシは・・・・。

やさぐれて渡る夕闇の泪橋交差点。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

銭湯三題

_013今時の銭湯は非日常空間であり、

レジャーランドなのです。

たまに行きたくなります、銭湯。

千住・大黒湯

 

_038_1

大きい風呂は気持ちいいですね。

パッシャ~ン、スコ~ン、パッカ~ン・・・・

桶と湯の気持ちいい音が響き渡ります。

千住・子宝湯

 

_003_1 こんな立派な建物の銭湯が

元気に営業を続けているんですね。

風呂上りのイチゴ牛乳サイコーです。

ん?コーヒー牛乳もおいしかったって?

千住・緑湯

地域の庶民の社交場であった銭湯の活性化のためにいろいろ各地で様々な試みが行われているようです。吉祥寺のある銭湯は音響効果の良さを生かして、銭湯が休みの日に、地域のアマチュア・セミプロミュージシャンのミニライブ会場として開放している銭湯もあるそうですし、身近な憩いの場としての灯を絶やさないでほしいものです。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

日本橋浜町界隈

ウォーターフロントと言えば聞こえは良いけれど、早い話が隅田川沿いの下町です。半日あれば、中央、台東、江東地区のどの場所も回れる場所に住んでいます。東京に暮らし始めて、山の手と言える場所に住んだのは本駒込くらいなもの、あとはずっと、生活しやすい下町暮らしがお気に入りです。

柳橋近くの芸者さんはこんな置屋さんから夕方出て行くのでしょうか              

_052

_054

 

 

 

裏道のこじんまりとした料亭     

_042 屋形船でいっぱいの柳橋~浅草橋の間のお堀

エリアとしては、両国橋から新大橋