地獄の釜の蓋が開く
旧日光道の宿場町、千住にある徳川家ゆかりの勝専寺は別名下町のお閻魔様と呼ばれ、盆正月の15日前後に縁日が立ちます。罪人をこらしめる閻魔大王の手下の鬼どもも、年二回はお暇を出され、羽を伸ばしに何処へぞ出かけるのかもしれません。この習わしが薮入りという習慣につながり、奉公人も嫁入りした女性もひと時の息抜きにお里に帰ることが許されました。
閻魔堂の前で線香の煙を身に仰いでいる小学生の女の子。
お寺の所々には徳川家の葵の御紋が見られ、このお寺が幕府からも大切に取り扱われていたのがしのばれます。
狭い下町の路地に所狭しと並んだ露店には、いつの時代も変わらない子供たちの楽しげな表情がたくさん見られました。
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実家の母に今度の休みは家族で帰れないことを告げると、思いきり落胆しちゃって・・・・私だけは帰るから、と言ってるのに・・・・。
あなたの孫だって、もう、子供じゃないの、社会人なの。いつまでも小中学生のままのような目で孫たちを見ているのだな。どよ~んとした声で電話を切られた・・・・(溜息)。寂しい気持ちはわかるんだけどね・・・・。
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