地獄の釜の蓋が開く

2008_0716yokohama0004_2 旧日光道の宿場町、千住にある徳川家ゆかりの勝専寺は別名下町のお閻魔様と呼ばれ、盆正月の15日前後に縁日が立ちます。罪人をこらしめる閻魔大王の手下の鬼どもも、年二回はお暇を出され、羽を伸ばしに何処へぞ出かけるのかもしれません。この習わしが薮入りという習慣につながり、奉公人も嫁入りした女性もひと時の息抜きにお里に帰ることが許されました。

閻魔堂の前で線香の煙を身に仰いでいる小学生の女の子。

お寺の所々には徳川家の葵の御紋が見られ、このお寺が幕府からも大切に取り扱われていたのがしのばれます。

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狭い下町の路地に所狭しと並んだ露店には、いつの時代も変わらない子供たちの楽しげな表情がたくさん見られました。

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実家の母に今度の休みは家族で帰れないことを告げると、思いきり落胆しちゃって・・・・私だけは帰るから、と言ってるのに・・・・。

あなたの孫だって、もう、子供じゃないの、社会人なの。いつまでも小中学生のままのような目で孫たちを見ているのだな。どよ~んとした声で電話を切られた・・・・(溜息)。寂しい気持ちはわかるんだけどね・・・・。

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東洋のフレスコ画と出会う

鏝絵とは寺社・一般住居・土蔵などの漆喰の壁に左官の仕事で使う鏝で装飾を施す技術です。フレスコ画とよく比較鑑賞されるようですね。入江長八は見事な壁画を各地の寺社などに残した江戸時代末期の絵師です。詳しい年譜はこちらをクリック→松崎町役場 伊豆松崎小辞典 あ行 入江長八.

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                            この写真は千住大橋たもとに静かにたつ橋戸稲荷神社の参殿の観音開きの扉に描かれた狐の鏝絵のレプリカントです。本物は秋の祭礼の時に開帳されるそうでこの日は目に出来ず残念でしたが、このレプリカも、美しくそして懐かしさ、温もりを感じる作品です。

左官職人のかたわら、狩野派の喜多武清(谷文晁の門人)に絵を学んだ長八は、江戸深川の置屋の養子となり、多数の寺社に作品を残しました。西洋にはフレスコ画と言って教会などの天井・壁などの漆喰に直接顔料で描いたものがあります。その違いは、フレスコ画は平面に色彩豊かに描き、一方、鏝絵の場合は漆喰を盛りあげることで、レリーフのように仕上がる事です。もともと日本建築で漆喰を装飾的に細工するものに、長八は色彩を取り入れたことで芸術性が増したのですね。都内にあった作品のほとんどは残念な事に、震災や空襲で消失しましたが、出身地の伊豆松崎町には彼の異才な活動を伝える長八美術館が作品の多くを展示しています。

芭蕉ゆかりの千住大橋、江戸名所図会にもこの橋戸稲荷は対岸の熊野神社と共に描かれており、江戸散策にははずせない場所のようです。

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東京芸術センター

古くからの街道に開けた宿場町・北千住の街に今、最も高くそびえる建物は東京芸術センターです。今日初めて近くまで行って見ました。4月オープンだそうです。東京芸大の活発な誘致も行っているらしいです。そんなこんな含めて芸術の街に生まれ変わるか、北千住・・・・。

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